いました。と、十六|歳《さい》のこの女学生は、突然、ぼくの顔を覗《のぞ》きこむように、「うちの写真、貰ってくれやはる」といいます。
驚《おどろ》いて、まじまじしているのに、「ここで待っててね」といいざま、子栗鼠《こりす》のような素早さで、とんで行き、ぼくが椅子《いす》に腰《こし》かける間もなく、ちいさい中村さんは、息をきり、ちんまりした鼻の頭に汗《あせ》を掻《か》き、駆《か》け戻《もど》って来ると、ぼくの掌《て》に、写真を渡《わた》し、また駆けて行ってしまいました。
あとでみた、写真には、ハアト形のなかに、お澄《すま》しな田舎《いなか》女学校の三年生がいて、おまけに稚拙《ちせつ》なサインがしてあるのが、いかにも可愛《かわい》く、ほほ笑んでしまった。
当時、すこし自惚《うぬぼ》れて、考え違《ちが》いしていましたが、これは多分、同室のあなた達が、ぼくや村川の写真を、中村さんにみせたので、少女らしい競争心を出し、まず、ぼくに写真をくれたのでしょう。
その後、暫《しばら》くしてから、「坂本さん、ボオトの写真、うち、欲《ほ》しいわ」と女学生服をきた彼女《かのじょ》から、兄貴にでもねだるようにして、せがまれました。「いやだ」というと、「熊本さんにはあげた癖《くせ》に――」と、口をとがらせ、イィをされたので、驚いたぼくは、バック台を引いている写真をやってしまいました。
こうした風に、段々、へんな噂《うわさ》がたつのに加えて、人の好《い》い村川が、無意識にふりまいた、デマゴオグも、また相当の反響《はんきょう》があったと思われます。
未《ま》だ、ませた中学生に過ぎなかった彼としては、自分が、いかに女の子と親しくしているかを、大いに、みせびらかしたかったのでしょう。それだけ、ぼくより、無邪気《むじゃき》だったとも、言えますが、ぼくにしてみれば、彼が、あなた達、女子選手をいかにも、中性の化物らしく批評《ひひょう》し、「熊本や、内田の奴等《やつら》がなア」 と二言目には、あなた達が、村川に交際を求めるような口吻《こうふん》を弄《ろう》し、やたらに、写真を撮らしたり、ぼく達四人の交友を、針小棒大《しんしょうぼうだい》に言い触《ふ》らすのをきいては、癪《しゃく》に触《さわ》るやら、心配やら、はらはらして居《お》りました。
しかし、これは、人間の本能的な弱さからだと、ぼくには許せる気になるのでしたが、同時に、誰でもが持っている岡焼《おかや》き根性とは、いっても、クルウの先輩連が、ぼくに浴《あ》びせる罵詈讒謗《ばりざんぼう》には、嫉妬《しっと》以上の悪意があって、当時、ぼくはこれを、気が変になるまで、憎《にく》んだのです。
その頃《ころ》、整調でもあり主将もしている、クルウでいちばん年長者の森さんは、ぼくをみると、すぐこんな皮肉をいうのでした。「大坂《ダイハン》は、熊本と、もう何回|接吻《せっぷん》をした」 とか 「お尻《しり》にさわったか」とか、或《ある》いは、もっと悪どいことを嬉《うれ》しそうにいって、嘲笑《ちょうしょう》するのでした。
七番のおとなしい坂本さんまでが、「大坂《ダイハン》は秋ちゃんと仲が良いのう」とひやかし半分に、ぼくの肩《かた》を叩《たた》きます。六番の美男の東海さんは「螽※[#「※」は「虫へん」に「斯」、39−6]《きりぎりす》みたいな、あんな女のどこが好いのだ。おい」と、ぼくの面をしげしげとのぞいて尋《たず》ねます。五番の柔道《じゅうどう》三段の松山さんは、「腐《くさ》れ女の尻を、犬みたいに追いまわしやがって――」とすごい剣幕《けんまく》で睨《にら》みつけます。三番の、もとはぼくを正選手《レギュラア》に引張ってくれた、沢村さんまでが、「あんな女のどこが好いかのう。女が珍《めずら》しいのじゃろう。不思議だのう」と、みんなに訊《たず》ねるようにするのが癖《くせ》でした。二番の虎《とら》さんは、広い胸幅を揺《ゆす》りあげ、その話をするときは、ぼくを見ないようにして、「でれでれしやがって」と、忌々《いまいま》しそうに、痰《たん》を吐《は》きとばします。この態度が、むしろ、好きでした。
舳手《バウ》の梶さんは、ぼくの次に、新しい選手ですし、それに、七番の商科の坂本さん、二番の専門部の虎さんと共に、クルウの政経科で固めた中心勢力とは、派が合わぬだけ、別に何んともいわず、皆と一緒《いっしょ》にいるときは、軽蔑《けいべつ》した風をしていますが、ひとりで逢うと、時々、「おおいに、若いときの想《おも》い出《で》をつくれよ」とか、文科の学生らしく、煽動《せんどう》してくれました。こうして、好意とまでゆかないでも、気にしないでいてくれる、梶さん、清さんのような人達もありましたが、前述したような、クルウ大方の空気は、ひがんでいるぼくにとっ
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