て、もはや、クルウのなかばかりでなく、船中の誰も彼もが、白眼視しているような気になり、切なくてたまらなかったのです。
例《たと》えば、船に、横浜|解纜《かいらん》の際、中学の先生から紹介して貰った、Kさんという、中学で四年先輩のひとが、見習船員をしておりました。Kさんは、未だ高等商船を出たばかりで、学生気の抜《ぬ》けない明るい青年で、後輩のぼくの面倒《めんどう》をよくみてくれて、船の隅々迄《すみずみまで》、案内もしてくれるし、一緒に記念|撮影《さつえい》などもしていました。
ところが、その頃、船の前端にある彼の部屋に、夜遊びに行ってみると、何かのきっかけで、Kさんが、「女子選手ッて、みんな、凄《すご》いのばかりだね」といいだしました。ビクッとしたのになおも、「あれで、男の選手へ、モオションをかけるのが、いるっていうじゃないか。アッハッハ……」と大口あいて笑うのです。
その時は、てッきり、ぼくにあてこすっているのか、忠告していると取り、早々に逃げ出したのですが、それからは、なるべく、Kさんにまで逢わないようにしていました。しかし、いま考えれば、これも、ぼくのひがみだったのです。
八
横浜を出てから一週間も経《た》った頃《ころ》、朝の練習が済むと、B甲板《かんぱん》に、全員集合を命ぜられました。役員のひとりで、豪放磊落《ごうほうらいらく》なG博士が肩幅《かたはば》の広い身体《からだ》をゆすりあげ、設けの席につくと、みんなをずっと見廻《みまわ》したのち、
「諸君。ぼくはこんなことを、日本選手でもあり、立派な紳士《しんし》、淑女《しゅくじょ》でもある皆《みな》さんに、お話するのは、じつに残念であるが、止《や》むを得ん。とにかく、本日|只今《ただいま》から、男子と女子の交際は、絶対にこれを禁止する。
遊ぶのは勿論《もちろん》ならんし、話をしても不可《いか》ん。今後、この規則を破るものがあったら、発見次第それぞれの所属チイムの責任者によって、処分して貰《もら》う。尚《なお》、その程度によっては、ホノルルなり、サンフランシスコなりに、船が着いたら、下船させてしまうぞ。スポオツマンとしての資格の欠けるものに、日本は選手として、出場して貰いたくないのだ」
日頃、太ッ腹な氏としては、珍《めずら》しく、話すのも汚《けが》らわしいといった激越《げきえつ》ぶりでした。ぼくにしてみれば、話の最中ふりかえって此方《こちら》をみる、クルウの先輩達《せんぱいたち》もいるし、それでなくとも、氏の一言一句が、ただ、ぼくに向っての叱声《しっせい》に聞え、かあッと、あがってしまうのでした。氏は語をついで、
「だいたい、この前のアムステルダム行の時は、このことを怖《おそ》れ、男子船と女子船とを別々に立たせたものだ、今回も前に比べれば、人数も増えているし、万一のことがあってはと心配して『男女七歳にして席を同じうせず』式の議論から、別々に立たせるのを主張する人もあったが、ぼくは、『厳粛なる自由』《スタアンリバティ》を称《とな》え、笑って、その議論を一蹴《いっしゅう》した。諸君、もう一度、君達の胸のバッジをみたまえ。光輝《こうき》ある日の丸の下に、書かれた Japanese Delegation の文字は、伊達《だて》では、ねエんだろ。俺《おれ》は今朝、ある忌《いま》わしい場面を、この船の事務員が見たとか、いう話をきいたときは、初めは話のほうが信用できなかった。否《いや》、今でも、そんな話は信用しとらん。
しかし、こういっただけで、若《も》し、その事実ありとしても、その当人達は、充分《じゅうぶん》、自戒《じかい》してくれると思う。頼《たの》むから諸君、二度と俺にこんなことを、言わさないでくれ。終りッ」
そういい棄《す》てると博士をはじめ、幹部連はさっさと引揚《ひきあ》げてしまいましたが、そうなると、今度はかえって、あとの騒《さわ》ぎが大変。どこにでもいる噂《うわさ》好きな人達が、大声で、見てきたような嘘《うそ》をいいあったり、猥褻《わいせつ》な想像をしあっては喜んでいる。そのなかで、ぼく一人、また一人ぼッち、茫然《ぼうぜん》と身動きもできませんでした。
ボオトの連中はてっきり、ぼくとあなたをこの醜聞《スキャンダル》にあて嵌《は》めてしまったのでしょう。森さんなんかは血相かえ、「俺達のなかで、困るのは、まあ大坂《ダイハン》一人位のものだな」と皮肉をいいます。松山さんは、「大坂《ダイハン》だけ困るんじゃねえぞ。ボオト部全体の恥《はじ》だからな」とぼくを睨《にら》みつけます。と、東海さんが、「Gさんも、ああ言うんだし、皆でよく今後を打合せたらどうだい」と横目でぼくを見ながらいう。日頃、寡黙《かもく》なKOの主将、八郎さんまで、「よかろう」と積極的に嘴
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