ほえ》みながら、次の部屋へのドアを開けると、戸口に一人のギャングが立ちはだかり、ピストルをつきつけています。こちらは可笑《おか》しくなってきて、ニヤニヤすると、向うも、毛色の変った、ジャップの少年なので、気抜《きぬ》けしたのか、ニヤッと笑いかえして引込《ひっこ》みました。
次から、次へ、仕組んであるマジックも、ことさら故意《わざ》とらしくみえ、「つまんないの」と呟《つぶや》きながら、興味なく歩いている、ぼくの瞳《ひとみ》に、ふと映ったのは、薄暗い片隅《かたすみ》でなにもかも忘れ、ぴったり抱擁《ほうよう》しあっている、うら若い男女でした。こればかりは実物で、見ていてもこちらがへんになるくらい熱烈《ねつれつ》なながい接吻《せっぷん》をしています。これには、いちばん駭《おどろ》いて、部屋の端《はし》にあった階段を、むちゃくちゃに駆《か》けあがりました。二三十段も駆けあがり、次の一足を踏みだそうとすると、足に触《ふ》れるものがありません。階段だけで、二階の床がないのです。慌《あわ》てていたこととて、思わず眼下の暗黒のなかに、くらくらっと陥《お》ちかけたとき、足もとの階段が、独りでに、すうっと降りだしました。いっそ、地の底までもと思ったのに、着いたところは、又さっきの部屋で、男女二人は、まだ抱《だ》きあっていて、余計、堪《たま》らなく、飛びだそうとした刹那《せつな》、ふいに、その若い二人が、夢《ゆめ》の中のあなたとぼくのように、錯覚《さっかく》され、もう一度、振りかえり、見定めるため近づいてみようかとさえ思ったことでした。
日本の選手一同、車を連ねて聖林《ハリウッド》見物に行ったのもその頃《ころ》でした。
車は全部、在留|邦人《ほうじん》の方々の御好意《ごこうい》で、提供して頂き、スマアトな中級車から、豪奢《ごうしゃ》な高級車ばかり。ぼくの乗せて頂いたのも、華奢《きゃしゃ》な白塗《しろぬ》りのリンカン・ジェフアで、車内に、ラジオも、シガレット・ライタアも装備《そうび》してある豪勢《ごうせい》さでした。
途中《とちゅう》、サンキスト・オレンジのたわわに実る陽光|眩《まば》ゆい南カルホルニアの平野を疾駆《しっく》、処々に働いている日本人農夫の襤褸《ぼろ》ながらも、平和に、尊い姿を拝見《はいけん》しました。
有名なパサデナの邸宅街《ていたくがい》を通り、御殿《ごてん》のような建物に、貧富《ひんぷ》の懸隔《けんかく》につき、考えさせられることも多かった。
聖林《ハリウッド》に入ると、フォオド・シボレエを自動車《カア》ではなく機械《マシン》だと称する国だけあって、ぼく達の車も見劣《みおと》りするような瀟洒《しょうしゃ》な自動車が一杯《いっぱい》で、建物も白堊《はくあ》や銀色に塗られたのが多く、光り耀《かがや》くような街でした。ぼく達はフォックス撮影所《スタディオ》の前で降り、所内の見物からはじめました。セットに、山あり海あり、冬景色あり夏景色あり、汽船あり、汽車あり、支那街《シナがい》あり水の都ナポリありで、ぼくは歩いている中、なにか、サンボリストの詩みたいなものを感じ、ひどく興奮しました。
昼食を、所長さんの御招待で頂き、サアビスに踊《おど》ってくれたのが、当時のスタア、ロジタ・モレノ嬢《じょう》でした。まるで、人形のような端正《たんせい》さと、牡鹿《めじか》のような溌刺《はつらつ》さで、現実世界にこんな造り物のような、艶《あで》やかに綺麗《きれい》な女のひとも住むものかと、ぼくは呆然《ぼうぜん》、口をあけて見ていました。最後に、ステップ、ウインク、投げキッスと、三拍子《さんびょうし》、続けてやられたとき、その濡《ぬ》れたような漆黒《しっこく》の瞳が、瞬間《しゅんかん》、妖《あや》しくうるんで光るばかりに眩《まば》ゆく、ぼくは前後不覚の酔《よ》い心地でした。
そのとき、やはり、心持ち唇《くち》をあけてみていた、あなたの小さい黄色い顔が、ちらっとぼくの網膜《もうまく》を掠《かす》めました。
帰りには、チャイニイズ・グロオマン劇場で、オニイルの奇妙な幕間狂言《ストレンジ・インタアルウド》[#「奇妙な幕間狂言」にルビ]という映画の封切《ふうきり》に招待されました。その時はもう、接吻の長さだけ気になる、ぼくは、痴《うつ》けさでした。
十九
また暫《しばら》くして、日本選手一同が揃《そろ》って、ベニスという下町へ遊びに行った日がありました。附近《ふきん》で、いちばん大きなダウンタアオンで、途中《とちゅう》の風光の美しさも類のないものでした。
碧《あお》い海に沿った、遠くに緑の半島が霞《かす》み、近くには赤い屋根のバンガロオが、処々《ところどころ》に、点在する白楊《はくよう》の並木路《なみきみち》を、曲りまわって行きま
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