貴様、一人で、バランスを毀《こわ》していやがる。そんなに女が気になるか」ぼくには一言もない怒罵《どば》でした。森さんがまた、「大坂《ダイハン》、貴様これからあの女と口を利《き》くな。顔もみるな。少しは考えろ」と喙《くちばし》を入れるのに松山さんが続けて、「貴様の為《ため》にクルウの調子が狂《くる》って、もし、負けたら、手足の折れるまで、撲《なぐ》りたおすから、そう思え」それから、なんと叱《しか》られたか忘れました。ただ、河口に並《なら》んだ蒸汽船の林立する煙突《えんとつ》から、吐《は》く煙《けむり》が、濛々《もうもう》と、夕焼け空を暗くしていたのを、なんとなく憶《おぼ》えています。

 翌日、スタンフォド大学に、全米陸上競技大会を、見学に行きました。
 熊《くま》や鹿《しか》が棲《す》むという、幽邃《ゆうすい》な金門公園を抜《ぬ》けて、乗っていたロオルスロオイスが、時速九十|粁《キロ》で一時間とばしても変化のないような、青草と、羊群のつづく、幾《いく》つもの大牧場を通って――途中《とちゅう》でだいぶ自動車を停《と》めた露骨《ろこつ》なランデェブウにもお目にかかりました。――厭《いや》だった。――そしてスタンフォドに着いたら、大学の森中、数千台の自動車で埋《うま》っている人出でした。
 スタンドで、あなたの水色のベレエ帽《ぼう》が、眼の前にあった。それだけを憶えています。競技はろくに憶えていません。ただ、赤いユニホォムを着た、でぶの爺《じい》さんが、米国一流のハムマア投げ、と、きかされ、もの珍《めずら》しく、眺《なが》めていたのだけ記憶《きおく》にあります。
 そのうち、隣席《りんせき》にいた、副監督《ふくかんとく》のM氏が、ぼくに、御愛用《ごあいよう》の時価千円ほどのコダックを渡《わた》して便所に行ったそうです。そうです、というのは、それほど、その時のぼくの頭には、あなたの水色のベレエが、いっぱいに詰《つま》っていたのです。あなたの盗《ぬす》み見た横顔は、苦悩《くのう》と疲労《ひろう》のあとが、ありありとしていて、いかにも醜《みにく》く、ぼくは眼を塞《ふさ》ぎたい想いでした。

 船に帰って、ピンポンをしていると、M氏が来て「坂本君、コダックは」と訊《き》きます。愕然《がくぜん》、ぼくは脳天を金槌《かなづち》でなぐられた気がしました。預かった憶えは、ないと言えばよか
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