ったのですが、言われた途端《とたん》、ハッとしたものがあって、――卑劣《ひれつ》なぼくは、「村川君に、じゃなかったのですか」と苦し紛《まぎ》れに嘘《うそ》を吐《つ》きました。M氏は、「そうだったかな」と気軽く言い、小首を捻《ひね》りながら、村川を捜《さが》しに行きましたが、ぼくは、居たたまれず、船室に駆けこみ、頭を押《おさ》えて、七転八倒《しちてんばっとう》の苦しみでした。
 お金持のM氏は、誰に預けたかを、そのまま追求もせず、諦《あきら》めておられたようですが、ぼくは良心の苛責《かしゃく》に、堪《た》えられず、あなたへの愛情へ、ある影を、ずっと落すようになりだしました。
 それから、ぼくの眼は、あなたを追わなくなりました。しかし、心は。

     十四

 ロスアンゼルスヘの外港、サンピイドロの海は、巨艦《きょかん》サラトガ、ミシシッピイ等の船腹を銀色に光らせ、いぶし銀のように燻《くす》んでいました。曇天《どんてん》の故《ゆえ》もあって、海も街も、重苦しい感じでした。
 ぼく達《たち》は、ロングビイチの近くにある、フォオド工場の提供してくれた、V8の新車八台に分乗して、工場の見学後、ロングビイチの合宿に着きました。
 日本人のコックさんが、広島弁丸出しの奥《おく》さんと一緒《いっしょ》に、すぐ、久し振《ぶ》りの味噌汁《みそしる》で、昼飯をくわしてくれました。娘《むすめ》の花子さんは十五|歳《さい》でしたか、豊頬黒瞳《ほうきょうこくとう》、まめまめしく、ぼく達の汚《よご》れ物の洗濯《せんたく》などしてくれる、可愛《かわい》らしさでした。
 翌日、マリンスタジアムに練習始め。ぼく達よりも、近所の邦人《ほうじん》の方々が、張り切って、自家用車で、練習場まで、送って下さるやら、スタンドに陣取《じんど》って声援《せいえん》して下さるやら、それよりも騒《さわ》いでくれたのが、隣《となり》近所のメリケン・ボオイズ、ガアルズ達で、映画のアワア・ギャングもかくや、と思われる顔触《かおぶ》れが、脱衣場《だついじょう》にまで、入りこんで、パンツの世話まで、手伝ってくれるのには顔負けでした。
 コオスは掘割《ほりわり》になっていて、流れは殆《ほとん》どありません。大体、二千|米《メエトル》の長さしかなく、なんども、往復して練習をしました。すでに、ブラジル、英国、独逸、カナダ等、各国の選
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