《くちばし》をだします。結局、それからぼくの査問会らしきものが、皆で開かれることになりました。
尤《もっと》も、あとで考えると、G博士のいった醜聞は、子供ッぽいぼく等の友情などは、問題としておらず、先夜、ある男女が、ボオト・デッキの蔭《かげ》で、抱擁《ほうよう》し合っていたのを、船員にみられたという噂からだったのを、すでに連中は知っていたかとも思われますが――。
皆はぞろぞろ二等のサロンに入りました。ぼくは、勢い、衆目の帰する処《ところ》です。出帆《しゅっぱん》前からの神経異常が、あなたとの愉《たの》しい交わりに、紛《まぎ》らわされてはいたが、こうした場合一度に出て来て、頭の芯《しん》は重だるく、気力もなくなり、なにをいわれても聞いてはいずに肯《うなず》くばかりでした。
ぼくは前から、左側の瞼《まぶた》だけが二重《ふたえ》で、右は一重瞼なのです。それを両方共、二重にする為《ため》には、眼を大きく上に瞠《みは》ってから、パチリとやれば、右も二重瞼になる。それを、あなたと逢《あ》う前には、よくやって、顔を綺麗《きれい》にしようと思ったものです。その癖《くせ》がちょうど、皆から査問を受けている最中、ひょっくり出て、瞳《ひとみ》をパチリと動かす。
と、森さんが、「おい大坂《ダイハン》、止《よ》さんか」と真ッ赤になって怒りだした。しまった。ぼくは取返しのつかない思いにうつむく。と、「どうしたんだ」松山さんが、面白《おもしろ》がり、声を荒げて聞いた。森さんが「否《いや》、厭《いや》らしいッたら、ありゃしない。此奴《こいつ》ったら」と、ぼくのほうを顎《あご》でしゃくって、「ウインクの真似《まね》をしてやがるんだ。こんなにしてな」と、さも厭らしく三白眼《さんぱくがん》をむいてみせます。「ハハア、それがウインクてんだな。新式の――」と補欠《サブ》の佐藤が、憎《にく》らしく、お節介《せっかい》な口を出すと、皆がどッとふきだしました。
その笑いのなかで、ぼくはもう死にたい、という気がする程《ほど》、弱虫でした。まだ、松山氏は、沢村さんに向って、「こんなにするんだとよ。気味が悪い」とやって見せています。こんなふうに、皆から扱《あつか》われるのには慣れていますが、あなたのことが、有るだけに、たまらなかったのです。
結局さんざん嘲弄《ちょうろう》されてから、解放されましたが、それか
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