る、すさまじさで、ブリッジの練習。体操の選手は選手で、贅肉《ぜいにく》のない浮彫《うきぼり》のような体を、平行棒に、海老《えび》上がりさせては、くるくる廻っています。おおかた上のプールでは、水泳選手の河童《かっぱ》連が、水沫《みずしぶき》をたてて、浮いたり沈《しず》んだり、ウォタアポロの、球を奪《うば》いあっているのでしょう。
それでありながら、古代ギリシャ、ロオマの巨匠《きょしょう》達が発見した、人間の文字通り具体的な、観念に憑《つ》かれぬという意味での美しさが、百花|撩乱《りょうらん》と咲き乱れておりました。
しかしながら、その中に育った、ぼく達の愛情は、肉体の露《あら》わにみえる処に、あればあるほど肉体的でない、まるで童話《メルヘン》の恋《こい》物語めいた、静かさでありました。あなたと語り合うことは、恐《おそ》ろしく、眼を見交《みかわ》すことが、楽しく、黙《もく》して身近くあるよりも、ただ訳もなく一緒《いっしょ》に遊んでいるほうが、嬉《うれ》しかったのです。
夜の食事のときなど、メニュウが、手紙になったり、先の方に絵葉書がついていたりします。ぼくはその上に書く、あなたへの、愛の手紙など空想して、コオルドビイフでも噛《か》んでいるのです。メニュウには、殆《ほとん》ど錦絵《にしきえ》が描《えが》かれています。歌麿《うたまろ》なぞいやですが、広重《ひろしげ》の富士と海の色はすばらしい。その藍《あい》のなかに、とけこむ、ぼくの文章も青いまでに美しい。ところで、あなたはパセリなど銜《くわ》えながら、時々こちらに、ちらっと笑いかけてくれるのでした。
夜は、概《がい》して平安一路な航海、月や星の美しい甲板で、浴衣《ゆかた》がけや、スポオツドレスのあなたが、近くに仄白《ほのじろ》く浮いてみえるのを、意識しながら、照り輝く大海原《おおうなばら》を、眺めているのは、また幸福なものでした。
なかでも、わけて愉しかったのは、昼食から三時までの練習休みの時間、大抵《たいてい》のひとが暑さにかまけて、昼寝《ひるね》でもしているか、涼《すず》しい船室を選んで麻雀《マアジャン》でも闘《たたか》わしているのに、ぼくは炎熱《えんねつ》で溶《と》けるような甲板の上ででも、あなたや内田さんと、デッキ・ゴルフや、シャブルボオドをして遊んでいれば、暑さなど、想《おも》ってもみない、楽しさで充実
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