Aくすんだ緑色の島々、玩具《おもちゃ》のような白帆《しらほ》、伝馬船《てんません》、久し振《ぶ》りにみる故国日本の姿は綺麗《きれい》だった。鴎《かもめ》とびかう燈台《とうだい》のあたりを抜《ぬ》けて、船が岸壁《がんぺき》に向おうとすると、すでに、満艦飾《まんかんしょく》をほどこした歓迎船《かんげいせん》が、数隻《すうせき》出迎えに来てくれていました。
埠頭《バンド》を埋めた黒山の群衆のなかから、日の丸の旗がちらちら見えるのに、負けてきた、という感慨《かんがい》が、今更《いまさら》のように口惜《くや》しく、済まないなアと込《こ》みあげて来ました。
もはやどやどやと上がりこんで来た連中で、甲板《かんぱん》は一杯《いっぱい》になり身動きもできません。新聞記者さんが一人、二人、ぼくのような者にまでインタアビュウに来てくれるのでした。
しかし色んな事で上気してしまっているぼくには、話といっても別に出来ませんでした。が、その翌日の地方版をみると勇ましく片手を挙げたぼくの写真の下に、※[#二重かっこ開く]坂本君は語る※[#二重かっこ閉じ]として次の様な記事が出ていました。
※[#二重かっこ開く]オォルの折れる迄《まで》、腕《うで》の折れる迄もと思い全力を挙げて戦って参りましたが武運|拙《つた》なく敗れて故郷の皆様《みなさま》に御合《おあわ》せする顔もありません。只《ただ》、心配なのは今度の戦績で、今後日本人がボオトに於《おい》て、果してどれだけの活躍《かつやく》が出来るかと危ぶまれることです。この上は、四年後のベルリンに備えて、明日からでも不断の精進を続け、必ず今日の無念さを晴らしたいと存じます※[#二重かっこ閉じ]
ぼくは、ぼくの気持通りに書いてくれた、記者さんの御好意に感謝はしましたものの、今更のようにジャアナリズムの魔術《まじゅつ》に呆《あき》れたものです。ぼくの寸言も真実、喋《しゃべ》ったものではありませんでした。
さて、横浜に着く迄に、あなたに訊《き》いておきたかった一言は、やはり、「あなたはぼくが好きですか」でありました。その返事を聞けなかった事がぼくの心残りだと、この手記の始めに思わせ振りに書いて置きました。然《しか》し、聞いたからとて今思えばなんになろう。今になって残っているのは言葉でも肉体でもなく、ただ愛情の周囲を歩いた想《おも》い出だけです。今のあ
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