」を告げた記憶が生々しいし、妻に永遠の女性をみることに絶望したので、機会さえあれば、妻子とは別に自分の運命を開拓し、孤独な幸福を掴みたい思いに駆られている。丁度その頃、ぼくは上京して或る夜、リエという不幸な女と親密になった。
 リエは戦争未亡人のひとりだが、姑《しゅうとめ》、小姑の意地の悪い婚家から、主人戦死の公報のくる前にとびだしたので、実家からも義絶された状態になり、焼け跡の防空壕に女ひとり暮らしのパンパンだったのだが、純情な旧敵国の一青年に、彼女の愛情のひたむきなのを愛され、四畳半に六畳、台所に湯殿までついたバラックを建てて貰い、そこで約一年、幸福な愛の巣を営んでいたのが、近くの日本人のヤキモチからその筋に密告され、リエと相愛の青年は強制的に本国に帰され、リエはダンサアや女給で生活しながら、再び次第にその心や身体を汚している時だった。
 ぼくはそんなリエに初恋のひととも云える、例の高名な画家の夫に棄てられた女の面影を偲んだ。リエも母性愛に娼婦の愛情を合せて持っているぼくの好きなタイプの女だった。リエも自分の男や時代に傷つけられた傷痕を隠さずにみせ、それをぼくに愛撫されたいと願う。
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