くは、そのひとが棄てられた妻という傷を持っていて、その傷を正直に痛そうに見せ、ぼくに撫ぜて貰いたがっている風情にも、哀しく懐かしい共感が持てた。そのひとは娼婦と母性の本能を合せて持っているという点で、ぼくには憧がれの女性のように思われたのだ。ぼくはそのひととピクニックに出かける電車の席で無造作に足を組んだら、靴下を穿いていないのがバレ、前のタイピストならそれに顔をしかめ、妻にした娘なら見て見ないふりをするのに決まっているのが、そのひとは忽まち無邪気に大笑いし、次の停車場でぼくの手を引張るようにして降り、近くの洋品店で、濃紺のソックスを買い、その場で子供にするように穿かせてくれた思い出も、イヤになるほど懐かしい。
 ぼくはそのひとが娼婦じみた悪趣味の厚化粧をして、大きな花束を買い、バスの衆人環視の中で、その花束に顔をつっこみ、「まあ好い匂い」と童女のような泣き声をあげたのも忘れられぬ。ぼくは当時、女性の生理のどうにもならぬ不潔さにそろそろ気づいていたので、そのひとがひたむきに花を愛する心理のあやも直感的に分る気がし、美しく思われるまでに哀しかった。更にそのひとと晴れた日、白いアカシアの花
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