の叙事詩にあるとの定説をぼくは疑えない。幼児から多病で現実の世界に臆病だったぼくは、生きる楽しさを読書とその空想によってのみ知り、英雄豪傑忍術使の講談本に倦きた頃、所謂円本流行時代が始まったので、明治以降の日本近代小説や世界の古典名作とされるものにも親しみ、いつの間にか、生きることは恋すること。男は永遠の女性によってのみ救われる。一生に一度、真剣に愛し愛される恋人を得たいと秘かな烈しい望みを抱くようになった。
けれども敗戦前まで、ぼくは始めには政治意識が強すぎ、政治から脱落後は自意識が烈しすぎて、本当に心と肉体の一致するような恋の経験を持てなかった。ぼくは昭和十一年、二十四歳で早まった結婚をする前後、恋人とも呼べる三人の女性を友達に持っていた。ひとりは会社のタイピストだったが、彼女は誇りの高い有閑令嬢で、専門学校を出ている自分の学識をひけらかし、背の高い文学青年のぼくが好きで堪らぬ癖に、なんとかぼくのほうから求愛させようと、小鼻をヒリヒリさせ、種々そうした機会を作るのが、ぼくには小癪に障ってならず、彼女の誇りを傷つける快感の為にも、彼女を棄て、小学出の無知な下宿屋の娘だった平凡な女を
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