」を告げた記憶が生々しいし、妻に永遠の女性をみることに絶望したので、機会さえあれば、妻子とは別に自分の運命を開拓し、孤独な幸福を掴みたい思いに駆られている。丁度その頃、ぼくは上京して或る夜、リエという不幸な女と親密になった。
リエは戦争未亡人のひとりだが、姑《しゅうとめ》、小姑の意地の悪い婚家から、主人戦死の公報のくる前にとびだしたので、実家からも義絶された状態になり、焼け跡の防空壕に女ひとり暮らしのパンパンだったのだが、純情な旧敵国の一青年に、彼女の愛情のひたむきなのを愛され、四畳半に六畳、台所に湯殿までついたバラックを建てて貰い、そこで約一年、幸福な愛の巣を営んでいたのが、近くの日本人のヤキモチからその筋に密告され、リエと相愛の青年は強制的に本国に帰され、リエはダンサアや女給で生活しながら、再び次第にその心や身体を汚している時だった。
ぼくはそんなリエに初恋のひととも云える、例の高名な画家の夫に棄てられた女の面影を偲んだ。リエも母性愛に娼婦の愛情を合せて持っているぼくの好きなタイプの女だった。リエも自分の男や時代に傷つけられた傷痕を隠さずにみせ、それをぼくに愛撫されたいと願う。それはぼくの男としての自尊心を満足させるのと同時にぼくの罪人意識のいたわりにもなるのだった。リエはそのひとと違い、化粧や愛情の表現のカン処を知った巧みな女だったが、小柄なエネルギッシュな肉体や、成熟した女の生理に童女の信頼を兼ねている処が、そのひとに似ていた。更にそのひとに対しては、夫や子供があるのと、ぼくの若い潔癖さから、肉体の快楽を慎んでいたが、リエの場合は、中年男の肉欲に対する強い信仰があり、それから結ばれてゆき、お互いが自分たちの肉体の適応性に飽満した上で、心も結ばれていったので、ぼくはその汚された女のリエに、生れてはじめて、心と身肉の一致した恋をしたと思う。
妻子と違い、いつ「さようなら」するか分らぬ女と思うと、ぼくは余計にリエに惹かれ、子供たち四人の未来を案じ、二六時中クラクラする不安を感じながらも、その不安の強い割合いでリエを抱擁する快感が強く、ぼくはズルズルベッタリに足かけ三年、妻子のもとには生活費を送るだけで、リエと同棲してしまった。リエのぼくに対する爆発的献身的な愛情の裏側には、汚された女としての彼女の病的に強い自己愛が潜んでいるのもみせつけられて遣切れない気持に
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