けの子熊が二匹だ」
 母親の喜びようったらありませんでした。しかし彼はお母さんの喜びを男らしい様子でうけとめました。
「お母さん、さア食べましょう。それから眠らせて下さい。僕、くたびれているんですから」
 それから彼は自分の雪小屋へはいって、十分に食べ、そのあとで二十時間もつづけて眠りました。
 村人たちにはいろいろな疑問が起りました。それから果《はて》しもない議論がつづきました。北極熊を殺すのは非常に危険なことです。殊《こと》に子熊をつれた母熊を殺すのは、普通の三倍も、いや三倍の三倍も危険なことです。男たちは少年キーシュがたった一人でそんなえらいことを仕遂《しと》げたとは、なんとしても信じられませんでした。
 しかし、女たちは彼が背負って来た生々しい肉のことをいい立てます。男たちが信じまいとしても、目で見た事実にはかないません。そこで、男たちは、たとえキーシュのいうことがほんとうだとしても、あいつは倒した獣をちゃんと始末して来なかったにちがいない、そいつが困りものだ、などとぶつぶついいながら、とうとう出かけてゆきました。
 男たちがなぜそんな心配をしたかというと、北極地方では、獣を殺したらすぐに幾つかに切り放しておかなければならないのです。そうしないと、肉はかちかちに凍《こお》ってしまって、どうすることも出来なくなるのです。ところが、キーシュにいわれた場所へ着いてみると、皆の疑っていた熊の死がいがあったばかりでなく、彼は一人前の狩人がやる通り、その三頭の熊を、それぞれ四つに切り放し、ちゃんとはらわたまでぬいておいたことが分かったので、みんなはびっくりしてしまいました。
 そしてキーシュのような子供が、どうしてこんなすばらしい狩が出来たかという不思議は、だんだん深くなるばかりでした。しかしキーシュはそんなことにはかまわず狩をつづけました。すぐ次の狩に出た時には、彼はほとんどおとなになりきった若い熊を殺し、またその次には大きな雄熊《おすぐま》とその連《つれ》の雌熊《めすぐま》とを殺しました。彼の狩はたいてい三四日がかりでしたが、一週間くらい氷原《ひょうげん》へ出ていったきりのことも、めずらしくはありませんでした。
 狩に出る時には、彼はいつも人をつれてゆくことを断《ことわ》りました。それを皆はまた不思議に思うのでした。
 そのうちに、あれは魔法だといううわさが村にひろがりました。
 ある人はこんなふうにいいはるのです。
「あの子は悪魔どもの助けで狩をしているのだ。それで狩がうまくいくんだ。悪魔どもといっしょでなくて、ああ都合よくいくわけがあるものか」
 するとこう答える人もありました。
「悪魔ではなくて、いい幽霊が手伝っているのかも知れないぞ。あの子のお父さんは立派な狩人だった。だから親爺《おやじ》の幽霊が、自分の子供を立派な我慢づよい利口な人間にしようと思って、手伝いに出て来るのかも知れないからなア」

  四

 それは兎《と》に角《かく》、キーシュの狩はその後も成功つづきです。意気地《いくじ》のない村人たちは、彼が取った肉を運ぶのに忙《せわ》しいという有様でした。彼は、彼のお父さんがそうだったように、自分の取って来た肉を皆に分けるのに、至極《しごく》公平で、一番力のないお婆《ばあ》さんや、年をとったお爺《じい》さんがきちんとした分けまえを受けとるようによく気をつけ、自分では、いるだけよりも余計な肉を決して取っておこうとしませんでした。
 このためと、また狩人としてのそのすぐれた力のために、彼はだんだん村人たちから尊敬され、おそれられさえするようになりました。彼をつぎの頭《かしら》にしようという話さえ起って来ました。こうなってみると、皆は彼がまた寄合《よりあい》に出てくれればよいと思うようになりました。しかし彼はどうしても出て来ません。皆の方では前のことがあるので出てもらいたいと頼むことが出来ないで困っていました。
 ある日、キーシュは頭や村の狩人たちにいいました。
「僕は雪小屋を建てたいと思っているんですがね。僕とお母さんが居心地よく暮せる大きな雪小屋でなくっちゃいけないんです」
「うん」
 皆は真剣な顔をしてうなずきました。
「けれども僕には暇《ひま》がないんです。僕の仕事は狩だ。狩でちっとも暇がないんです。僕の取って来る肉を食べてる村の男の人たちや女の人たちが、僕に雪小屋を建ててくれないでしょうか」
 そこで、村の頭の住居《すまい》よりも大がかりな雪小屋が出来あがりました。キーシュとお母さんはそこへ移りました。これはお母さんにとって、夫に死にわかれてこの方、はじめての満足でした。
 しかし、大きな家に住めるというようなことだけが彼女のよろこびではありませんでした。彼女は、すばらしいむすこのお蔭で、いつの間にか村で一番の
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