うし、甲板掃除だ」
「あたち、水夫よ」
小さな弟や妹たちは急に元気になって、がやがや立ち上った。
しばらくぶりでこの貧しい家にも笑が帰って来た。病人はまだ眼尻《めじり》に涙のたまったままの顔で、唇に笑《え》みを浮かべていた。
「さア、お母さんも元気を出したと――、もう大丈夫ですよ。じきなおります。僕がきっとなおして見せます」
この一男の言葉が、母親には、医者に保証されたより頼もしく響いたのであった。
お膳が出るまでには父親も帰って来た。玄関兼居間の四畳半に、平吉と六人の子供たちが食卓を囲んで坐ると、船の食堂よりもっと窮屈《きゅうくつ》だった。発育ざかりの弟や妹が次々に茶碗を突き出す様子は、出帆《しゅっぱん》の準備をする時よりもっと忙《せわ》しなかった。一男はその中で父から母親の病気の様子をきいた。
命には別状はあるまいが、長くかかるだろうという医者の見たてだった。寝てばかりいるせいか、物を食べたがらないのが困るということだった。
一男は、家へ送るほかに、小づかいを倹約して貯めておいた金を父親の前へおいた。今までは、医者のいう通りにもなかなか出来なかったらしい。
「これで出来
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