き声して「万歳」を叫べり。
続きて、対ふ岸にて又一本挙げしが、又「万歳」の声起れり。一本を挙ぐる毎に、この歓声を放つ例なるべしと思ひき。
この衆《おお》き釣師、見物人の外に、一種異りたる者の奔走するを見る。長柄《ながえ》の玉網《たま》を手にし、釣り上ぐる者を見る毎《ごと》に、即ち馳せて其の人に近寄り、抄《すく》ひて手伝ふを仕事とする、奇特者《きとくしゃ》? なり。狂態も是《ここ》に至りて極まれり。
釣師の偵察隊
彼方《かなた》此方《こなた》にて、一本を挙ぐる毎に「万歳」の叫びを聴きしが、此時、誰の口よりか「来た/\」といふ声響く。一同は、竿を挙げて故《ことさ》らに他方を向き、相知らざる様を粧ひたり。何事ぞと思ひしに、巡査の来れるなりし。偵察隊より「巡査見ゆ」との信号を受け、一時釣を休めしものと知られたり。さて其の過ぎ行くに及び、又|忽《たちま》ち池を取り囲みて鈎《はり》をおろせしは、前の如し。哨兵《しょうへい》つきの釣とは、一生に再び見ること能はざるべし。
間も無く、「万歳」声裡《せいり》に、又一本を挙げたる者ありしが、少しも喜べる色なく、「何だ緋鯉か。誰にかやらう」とい
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