かりは、釣に出づる者とては絶えて無く、全く休業同様なりしといふ。左《さ》もあるべし。然るに、此の騒々しきどさくさ紛れを利用して、平日殺生禁断の池に釣垂れて、霊地を汚し、一時の快を貪りし賤民《せんみん》の多かりしは、嘆かはしきの至りなりし。当時、漁史の見聞せし一二事を摘録《てきろく》して、後日の記念とせんか。

 釣竿、奇禍《きか》を買はんとす

 六日の昼、来客の話に「僕は昨日、危く災難を蒙る所であッたが、想へば、ぞッとする」といふ。「国民大会見物にでも出掛けて……」と問へば、「否《いな》深川へおぼこ[#「おぼこ」に傍点]釣に出かけ、日暮方、例の如く釣竿を担《かつ》ぎ魚籃《びく》を提《さ》げて、尾張町四丁目の角から、有楽町に入ると、只事ならぬ騒らしい。変だとは思ッたが、ぶら/″\電車の路に従《つ》いて進むと、愈《いよいよ》混雑を極めてたが、突然|後方《うしろ》から、僕の背をつゝく者が有ッた。振り返ッて見ると、四十ばかりの商人体《あきんどてい》の男が、『彼方《あなた》、其様《そん》な刀の様な物を担いで通ッたら、飛んだ目に逢ひませう』と注意された。『何か有るのですか』と聞いたら、『今しも、
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