の美妙さは、全《まる》で詩趣です。
 主『沙魚も、餌つきの方では、卑下《ひけ》を取らず、沢庵漬でも南京玉でも、乱暴に食い付く方ですが。其殺風景は、比べにならんです。仮令《たとえ》ば、沙魚の餌付[#「沙魚の餌付」に傍点]は、でも紳士の立食会に、眼を白黒して急《せ》き合ひ、豚の骨《あら》を舐《しゃぶ》る如く、鮒は[#「鮒は」に傍点]妙齢のお嬢さんが、床の間つきのお座敷に座り、口を細めて甘気の物を召し上る如く、其の段格は全で違ツてるです。
 主『合せ方[#「合せ方」に傍点](引懸けるを合せといふ)といふて、外に六ヶしいことなく、第一段で合せて、次段で挙げる丈けですが…………。』
と言ひかけしが、起《た》ちて、椽側の上に釣れる竿架棚《さおだな》の上なる袋より、六尺程の竿一本を抽《ぬ》き取り来りて、之を振り廻しながら、
 主『竿は長くても短くても、理窟は同しですが、斯《か》う構へて中《あた》りを待ツてるでせう。やがて、竿頭《さおさき》の微動で、来たなと思ツても、食ひ込むまで、構はず置くです。鮒ですから…………。幾らか餌を引いてくに及んで始めて合せる[#「合せる」に傍点]です。合せるとは引くことで
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