等は屡々解放せられたる婦人を描いて善良なる市民とその愚図なる妻とを戦慄せしめた。女権拡張運動者は悉く道徳を絶対に無視するヂヨージサンのごとくに描き出されたのである。彼女はその眼中に神聖なる一物をも有せず、両性間の理想的関係に対する何等の尊敬を有せざる女として現はされた。要するに解放とは社会と宗教と道徳とを無視する放恣《ほうし》と罪悪の無分別であるかの如く見做《みな》されたのである。女権論の代表者はかくの如き誤解に対して甚だしく憤激した。彼等はユウモアを欠いてゐるので所謂世俗が解するが如き女とは全然正反対であることを極力弁明せんと務めた。勿論女子が男子の奴隷であつた間は善良にも純潔にもなり得なかつた。然し今では自由でもあり、独立もしてゐるのであるからどれ程自己が善良であるか、そうして社会全般の制度を純化する上にどれ程の効果を与へることが出来るかといふことを証拠立てなければならない。実際、女権論者の運動は多くの旧き縄墨《じょうぼく》を破壊した。然し又同時に新しきものを造り出したのである。偉大なる真の解放運動は単に皮相の自由のみを認めた多数の婦人と面《おも》てを遇はせなかつた。彼等の偏狭なる清教徒的空想は男子を女性の惑乱者或は邪魔者と見做して彼等の情緒生活外に放逐した。如何にも男子は父としての資格以外に――父なくして生るゝ子供はあらざるが故に――如何なる賠償を払つても許さるゝ資格を欠いてゐた。幸にして如何程厳格なる清教徒と雖も母たることの内的欲求を殺す程強くはない。併し女子の自由は男子の自由と離して見ることは出来ない。而して解放せられたる多くの姉妹は自由に生れたる子供はその傍にある男女両者の愛と献身とを必要とするものであるといふ事実を見逃してゐる様に思はれる。近代男女の生活に大なる悲劇を齎らしたるは不幸にして、人間関係に対する此の狭隘なる観念なのである。
今から十五年前に素晴しきノルウエー人ラウラマルホルムのペンから“Woman, a Character Study”といふ著作が現はれた。彼女は現在の婦人解放に対する観念の空虚狭隘なること及び婦人の内部生活に及ぼす其悲劇的結果に対して注意を促がした最初の一人であつた。ラウラマルホルムは彼女の著述の中に天才エレオノラデユーゼ、大数学者兼著述家ソニヤコワレフスカイヤ、夭死せる詩人風の芸術家マリイバシユカアトセフの如き世界的名声を有する天賦ある数人の運命に就て語つてゐる。かくの如く異常なる心力を有する婦人の生涯の記述を通じて円満、完全なる美しき生活に対する不満の欲求とその欠乏より生ずる不安と寂寞の著しき足跡が印せられてゐる。これ等の立派なる心理的描写を通じて吾人は女子の智力が発達すればする程彼女にその性ばかりでなく、人類、友人、伴侶及び強き個性を認める様な配偶者に出遇ふことが愈々むづかしくなつてゆくのを見ない訳にはゆかない。彼女の配偶者は彼女の性格の一点一画をも見逃してはならないのである。
男子は一般に自負心を有してゐる。而して女性に対し当然保護の力あるものゝ如く滑稽なる虚勢を示すものが多い。かくの如き男子はラウラマルホルムによつて描かれたる婦人の配偶者たるべく到底不可能である。又|只管《ひたすら》彼女に智力と天才とを認むるばかりで女子の天性を覚醒することをあやまるが如き男子も等しく彼女に協《かな》はざる者である。
豊富なる智力と美しき心とは通常深く美しき性格の必然なる属性と考へられてゐる。近代婦人の場合に於ては、これ等の属性は彼女の存在の完全な肯定に対して障碍となつてゐるのである。「死が別離を余儀なくするまで」といふが如き言葉を有する聖書を基礎とした旧い結婚の形式が百年以上も女子を圧服する男子の主権、男子の気まぐれと命令に対する女子の絶対服従、彼の名と扶助に対する絶対の依頼等を代表する制度として定められてゐた。旧き結婚関係が女子をして只だ男子の下婢であり、子供の携帯者たらしむるものであるといふことはこれまでも度々断乎として証明せられた。然るに解放せられたる多くの婦人が独身世界の狭隘なるを厭ふて、様々の欠点あるにもかゝはらず結婚生活に走る傾向がある。これは全く女子の本性を拘束する道徳上及び社会上の偏見の鉄鎖が煩はしく耐へがたきものになつてきたからである。
多数の進歩せる婦人がかくの如き矛盾に陥るの理由は解放の意義を実は理解してゐなかつたといふ事実によつて説明せられる。彼等は只管に外部よりの圧迫を脱して独立する事をのみ必要であると考へた。而して人生と成長とに更に更に有害なる内部圧制者である道徳及び社会上の習俗はそのまゝに打捨てて省みなかつたのである。習俗はそのとるべき道を進んだ。而してそれは今尚ほ吾人の祖母の頭と心とに栄えたるが如く依然として婦人解放論者の最も活躍せる代表者の頭と心と
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