に美しく生きてゐる様に思はれる。
 これ等の内部圧制者は輿論の形に於て、或は父母、兄弟、親戚の言葉となつて現はれてゐる。グランデイ夫人、コムストツク氏、雇主、文部省等はなんと云つてゐるか? 全てこれ等の御世話好きと、品行探偵と人間精神の獄吏――この人等はなんと云つてゐるか? 全てかくの如き者をものとせず、自己の立場を確立し、何等の拘束なき自由を主張し自己本然の声――それが生の最大宝庫なる男子に対する愛にせよ、或は最も光栄ある分娩の特権にせよ――に耳傾くることを学ぶまで婦人は真によく解放せられたりと称することは出来ないのである。解放せられたる婦人にして自己の胸底に絶へず波動しつゝ、聞かれんことを求め、満されんことを望んでゐる愛の声を真に自已の天職なりと信じ、進んでそれを承認せんとする婦人は果してどれ程あるであらう?
 仏蘭西の作家ジエーンライブラハは小説“New Beauty”の中に解放せられたる理想的美人を描き出さんと企ててゐる。その理想は医師を職とする一少女に体現せられてゐる。彼女は育児法に就て極めて巧妙に物語る。彼女は又親切であつて貧困なる多くの母に自由に薬を供給する。彼女はある知己の青年と未来の衛生状態に関して会話する。而して汚れたるボロを打捨て、石の壁と床を使用することによりて多くの黴菌が駆除せらるるといふことなどを話す。彼女は勿論甚だ質素に実用的な服装をしてゐる。衣物の色はたいてい黒である。青年は彼女との最初の会合に於て解放せられた友人の智識に敬服する。彼は次第に彼女を理解しやうとする。而してあるうららかな日に、彼はとう/\彼女を愛してゐるといふ意識を持つ。彼等は二人とも若い。女は親切で美しい。たとへ服装はキチンと整ひすぎてはゐるが一点の汚れもない白いカラアとカフスによつて柔かい感じを与へてゐる。読者は青年が彼女に恋を打明けることを期待するであらう。然し彼は馬鹿/\しきローマンスを実行するやうな人間ではない。詩と恋の情熱とはその婦人の純潔なる美の面前に紅葉する顔を被《おお》ふてしまふ。青年は自己の自然の声を黙殺して方正な態度をとる。彼女もまたいつもキチヨウメンで、理性的で、品行方正である。若《も》し彼等が結合を作つたなら、青年は恐らく凍死するの危険を冒さなければならなかつたかも知れないと私は気づかつてゐる。私はこの新しき美人に何等の美を発見する事が出来ないものであることを告白しなければならない。彼女はその夢想する石の壁や床の如く冷淡なのである。私はかの物尺《ものさし》によつて計らるが如き品行方正よりも寧ろロマンチツク時代の恋歌、ドンフハンとヴイナス夫人の恋、或は父母の呪咀と悲哀と隣人の道徳的弁明等を後にして梯《はしご》と縄とによる月夜の出奔を讚美したい。恋愛にして無制限に与へ取ることを知らないなら、それは恋愛でもなんでもない。単にプラスとマイナスに力瘤を入れることを忘れない取引の如きものである。
 現代に於ける婦人解放の最大欠点は人工的に堅苦しきこと、及び狭隘なる虚勢を張らんとしてゐる処に存してゐる。かくして女子の霊魂に空虚が生じ彼女は生命の泉を飲むことが出来ない様になつてしまふのである。私は且て真に新しき婦人と所謂普通の解放せられたる姉妹との間に有する関係よりも、常に子供の幸福と、自己の愛する人々の幸福を祈る旧き母と主婦とかの真に新しき婦人との間に有する関係が遙かに深いものであるといふことを述べたことがある。単純なる解放論者は私を異端視し火刑に処すべき者であると公言した。盲目なる情熱に走る彼等は私の新旧婦人の比較の如何なるものなるかを洞察することが出来なかつたのである。私は今日諸官省学校等に散在せる所謂解放せられたる多数の職業的婦人よりも我々の祖母の多数がその脈管中により多くの血を有し、更に多くの機智と諧謔と、自然らしさと、素朴と親切の多量を有してゐたといふことを証拠立てんとしたのみである。これは徒に過去に婦人をかへそうといふのでもなければ又女子を彼女の旧き雰囲気なる台所と育児室に押込め様とするのでもない。
 救済は更らに光明ある未来へ全力を挙げて猛進する処に存する。我々は旧き伝説と習慣の拘束を脱して自由に成長する事を必要とする。婦人解放運動はその方向に向つて只だ一歩を進めたのみである。私はこれから更に力を集中してその第二歩を進まんことを希望する。選挙権或は公民権は如何にも善い要求であるかも知れない。併しながら真の解放は選挙場或は法廷では初まらないのである。解放は先《ま》づ女子の心霊中に初まる。全ての圧服せられたる階級はそれ自からの努力によつてのみ真の自由を得てゐることは歴史が我々に語つてゐる。故に女子はその教訓を学び、自由は自己の自由に対する努力次第で達せられるものであるといふことを実現することが必要である。故に
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