婦人解放の悲劇
エンマ・ゴルドマン
伊藤野枝訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)了《あらかじ》め

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|只管《ひたすら》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「りっしんべん+危」、15−21]惧

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)そも/\
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 人類の間に存する種々なる集団の根本的差異を論ずるあらゆる政治及び経済上の学説、階級と種族の差異、女権と男権とを画する全ての人工的境界線などいふ様々なものが在るにもかゝはらず、この様な色々な差異が次第に成長して何時か完全な一つのものとなるの日が来るといふ確信を私が抱いてゐる者であるといふことを了《あらかじ》め含んで置いて頂きたい。
 と云つて私はなにも平和条約を提供しやうといふのではない。今日に於ける社会生活の全般を通じて幾多の矛盾せる利害関係の勢力から生じて来る社会的闘争は正しき経済上の原理を基礎とした社会的生活改造の実現と同時に微塵に粉砕せらるゝであらう。
 両性及び個人間の平和もしくは調和といふことは必ずしも人類の浅薄なる平等といふ事に基するものではない。或は又個性及び個人の特長を没却するといふことでもない。最近の将来が解決しなければならない今日当面の問題は、如何《どう》すれば人は自分自身であると同時に他の人々と一つになり、全人類と深く感ずると共に各自の個性を維持してゆけるかといふことである。これが群集と個人と、真の民主々義者と個人主義者と、或は男と女との如何を問はず悉《ことごと》く何等の反抗衝突なしに握手し得る根底土台であると私には思はれる。私どもの座右銘は「おたがひに許しあへ。」と云ふのではなく、寧《むし》ろ「おたがひに理解せよ。」と云ふのでなければならない。よく引照せられるスタエル夫人の「全てを理解するといふことは全てを許すことである。」といふ文句に対して私はこれまで特に感心したと思つたことは一度もない。その文句にはなんとなく懺悔室の臭ひがついてゐる。自分の同胞を許すといふ言葉は傲慢なパリサイ人でも云ひさうな文句である。同胞を理解すると云へばそれで沢山だ。婦人解放とその全性に及ぼす影響に対する私の見解の根本的方面がこれによつて略々《ほぼ》読者に推察せらるる事と思ふ。
 解放は女子をして最も真なる意味に於て人たらしめなければならない、肯定と活動とを切に欲求する女性中のあらゆるものがその完全な発想を得なければならない。全ての人工的障碍が打破せられなければならない。偉《おおい》なる自由に向ふ大道に数世紀の間横たはつてゐる服従と奴隷の足跡が払拭せられなければならない。
 これが婦人解放運動そも/\の目的であつた。然るにその運動の齎《もた》らした結果はと云ふと反つて女子を孤立せしめ、女性にエツセンシヤルである幸福の泉を彼女から奪つてしまつたのである。単なる外形的解放は近代の婦人を人工的の者と化し去つた。それは恰《あた》かもかの仏蘭西《フランス》の植木家の手になるピラミツド形、車輪形或は花環形の奇異なる草木を徒《いたず》らに連想せしむるのみで、女子内部本性の発想によつて達せらるる何等の形をも現はしてはゐないのである。かくの如く人工的に成長せる女性植物の大多数が特に現社会の所謂《いわゆる》智識階級中に発見せらるるのである。
 女子のための自由と平等! この言葉が初めてかの高潔勇敢なる人々によつて発言せられた時、どの様な希望と向上心を女性の間に呼び醒したであらう。太陽はあらゆる光輝と栄光をもつて新世界に昇臨せんとした。この世界に於て女子は自己の運命を指導すべく自由ならんとした――其目的は確かに偏見と無智の世界に対し全てのものを賭して戦つた男女先駆者の偉大なる熱誠と、勇気と忍耐と不断の努力とに価したのである。
 私の希望も又元よりその目的に向つて進んでゐるのである。しかしながら今日実際解釈せられ、適用せられてゐる婦人の解放はその偉大なる目的に達することを誤つたと私は主張したい。今や、真に自由ならんことを切望する婦人はかの解放より再び自己を解放せざるべからざる必然に面してゐるのである。これは如何にもパラドキシカルに聞えるかも知れない、しかも、それは唯だあまりに真である。
 女子は解放を通じて如何なることを成し遂げ得たか? 結果は僅《わず》かに数洲に於ける選挙権の獲得となつて現はれたに過ぎない。(これは米国の場合に就て云つてゐるのです――訳者)それは果して多くの善意を抱ける代表者が予言した如くわが国の政界を純化し得たであらうか? 確かにそうではない。従つて今や健全明
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