。教師と生徒とは一緒になつて、『泥棒!』と云ふ文字を書いたしるしを、此の罪人の首に下げなければならないときめた。
 が、トルストイは此の子供の頭に紐をかけやうとして、其の眼を見て驚いた。そこには、屈辱と無言の非難とが見えた。いや、此の子供は罪人ではないのだ。此の子に泥棒だと云ふ烙印を押したりする残忍な事を犯した、彼れトルストイとほかの子供等と、即ち全社会が罪人なのだ。
 トルストイの学校では、其後は決して二度と子供が罰せられた事はなかつた。が、此の偉大な、自由な、革命のロシアでは、まだ子供は罰せられ、隔離され、泥棒と云ふ烙印を押されて絶えず『道徳的不具者』と云はれてゐる。
 私の心は擾《か》き乱された。そして困迷に陥つた。けれども私は、ホテル・ド・ルウロオプで見たあの綺麗な絵が汚れると云ふやうな事は許すことが出来なかつた。

     四

 それから少し後に、私の処に、アメリカで長い間交際した一人の婦人が訪ねて来た。彼女は二月革命の一寸後に、良人《おっと》と若い息子と一緒に、急いで彼等の生れ故郷に帰つたのだつた。彼女はあの大きな十月革命にも参加した。そしてそれ以来いろ/\な仕事に携は
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