ネるのである。かかる事実に対して彼等は全く盲目なのであらうか。
 この偉大なる事実を軽視するが故に、全ての社会問題及び政治問題を解決せんとする努力は悉く砂上の建築の如く、全ての修養努力は毒素を含む源泉より流れ来る河川の如く、其他人生の他の方面に於ける全ての力の発揮も萎縮せる根より成長せる植物の如き感がある。斯の如き状態は恋愛に対する新らしき宗教的尊敬が性的生活の健全にして美はしき条件として建築せらるる迄は持続するであらう。恋愛に対する斯の如き観念は社会の堅実なる基礎を造り、その源泉を純化し根元に滋養を供給するであらう。大都会の貧民窟を一度通過した者は今日吾人があまりに多く社会問題を喋々するといふが如き言葉を敢て公言する者は恐らくあるまい。併しながら、性的関係は実に今日に於ては全ての社会階級中の貧民窟に比せらるべきものである[#「性的関係は実に今日に於ては全ての社会階級中の貧民窟に比せらるべきものである」に傍点]。而かもなほこの真理に対して発言する者があれば常に思索せる人々さへ『恋愛に対してあまりに多くの言葉が費やされる。それに対してあまりに重きが置かれるではないか』と叫び出すのである。
『現社会程結婚の悲劇と恋愛の浪費の多いことは恐らくあるまい。それがため社会は遂にその不幸を聞くべき耳を失なつてしまつた位である』とかの詩人は云つたがこれ程たしかな言葉はないのである。
 かの宗教家或は人道の志士が性的生活の罪悪並びに病症に起因する頽廃を指摘して道徳を説く時にそれを傾聴するものは社会の極めて少数なる人々である。吾人はそれを耳にする時頽廃の如何に恐るべきものなるかを知りそれに対して社会の意識が夙《つと》に覚醒せられたのではあるまいかと思はずにはゐられないのである。然るに実際の状態は未だ何人もそれを認めてはゐない。之は別段驚くにはあたらない。恋愛の人生に対する価値を否定し或は無視してゐると云ふことがその深い根柢となつてゐるからである。又数字によつて確かめられない人生の多くの不幸なる障害が同一原因に根ざしてゐるのであるといふことを説明されても、それを理解することの出来ぬ人のあるといふのも別段怪しむに足りないことである。
 世間一般の人々は隈なく探求して結婚の社会的価値を証拠立てんとする様々の議論を担ぎ出すものである。彼等は数字の上に数字を重ね自殺、罪悪、飲酒、疾病等による死亡
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