れないのであった。所が、その相貌とは反対に、推摩居士の表情姿体を観察して行くと、それには、恐怖驚愕などと云うような、殺人被害者固有の表出を全く欠いていた。そればかりか、何んとなく非現世的な夢幻的なものに包まれていて、その清洌な陶酔に輝いている両眼、唇の緩やかな歪みなどを見ると、そこから漲り溢れて来る異様なムードは、この血腥い情景を瞬間忘却させてしまい、それはてっきり、歓喜とか憧憬とか云ったら似付かわしいのであろうか、全く敬虔な原始的《プリミティヴ》な、子供っぽい宗教的情緒に外ならぬのであった。恐らく、到底この世にあり得ようとは思われぬ、或る異常な情景が、推摩居士の眼前に現われ出たのであろう。そして、彼の視覚世界が最終の断末魔に至るまで、その何ものかの上に、執着していたのを物語るのではないだろうか。然し肱だけの行衣に平ぐけの帯を締めた血みどろの身体は、コチコチに硬直していて、体温は既に去っていた。法水は屍体の大腿部を見詰めていた眼を返して、血に染んだ右掌を拭き、そこに何やら探している様子だったが、やがて、行衣に現われている四つの大血痕の下を調べ始めた。すると、そこから、心臓をギュッと掴ま
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