のを見た、と云うのは、その男の両足は、膝蓋骨から三寸ほど下の所で切断されていて、その木脚のような二本の擂木《すりこぎ》が、壁に背を凭せ全身を支えて突っ立っているのだった。「これが推摩居士なので御座います」と、この凄惨な場面《シーン》に適わしからぬような、恍とりとした声で、盤得尼が云った。ああ、なんと皮肉な事であろうか、殺された当の人物と云うのが、奇蹟行者だったのだ。「所が、正午頃夢殿に入られてから発見される一時十五分迄の間と云うものは、一向に何んの物音もなく、それに、嗄れ声一つ聴こえませんのでしたが……」
推摩居士の年齢は略々《ほぼ》盤得尼と頃合だけれども、その相貌からうける印象と云えば、まず悉くが、打算と利慾の中で呼吸している、常人以外のものではなかった。鋭く稜形に切りそがれた顴骨《かんこつ》、鼠色の顎鬚――と数えてみても、一つは性格の圭角そのもののようでもあり、またもう一つからは、浅薄な異教味や、喝するような威々しさを感ずるに過ぎなかった。総体として、※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]《おん》の聖音に陶酔し、方円半月の火食供養三昧に耽る神秘行者らしい俤は、その何処にも見出さ
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