その瀕死の視覚に映じたものがあった。君は推摩居士が、「宝珠は消えたが、まだ孔雀は空にいる」と云った言葉を憶えているだろう。可成り神秘感を唆る文句だけれども、その正体と云うのは、一種の異常視覚に過ぎないのだ。つまり、格子戸の桝目に映った火焔太鼓の楕円形が、玉幡の円孔《まるあな》の現滅につれて、或は孔雀の輪羽のように見えたり、また円孔が現われない時には、その二つ三つだけが残ったりして、結局推摩居士に、そう云う錯視を起させたに違いないのだよ」
 検事は聴くだけでも相当疲労を覚えたらしく、彼は夢の中のような声を出した。
「すると密室は? 君が切り開いた中にもう一つあったのは?」
「それは、密室と云うよりも、笙がどうして自然に鳴ったかなんだよ」法水は几帳面な訂正をして、「それから犯人は、笙に仕掛を施して、その後に、玉幡を切り落してから階下へ下りたのだがね。所で君は、酒精《アルコール》寒暖計を知っているかね――細い管中の酒精《アルコール》が熱で膨脹すると云うのを。つまり犯人は、笙の吹き口に酒精《アルコール》を詰めて、それを縦にした根元を日光へ曝したのだ。そうすると当然膨脹した酒精は、中の角室の空気
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