んか。推摩居士が、真実竜樹の化身ですのなら、何故南天の鉄塔を破った時のように、七粒の芥子《けし》を投げて、密室を破らなかったのでしょう」
「成程、それは面白い説ですね。所で貴女は、浄善の死因に就いて何か御存知なようですが」
「実は、誰にも云いませんでしたが、私、犯人の姿を見たのですわ」
「何んですって※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」検事は思わず莨を取り落したが、智凡尼は静かに語り始めた。
「済んだ合図の笙が鳴ったので、鍵箱から厨子扉の鍵を出して、網扉を明けますと、天井の格子に何か急いで複雑な動作をしているような影が映りました。そして、鳴っていた笙がピタリと止んでしまったのです。然しその時は、側の推摩居士に気が付いたので、私は暫くその場に立ち竦んで居りました。けれども、間もなく気を取り直して、階段の上まで上ってみますと、浄善さんはあられもない姿で、両袖で顔を覆って仰向けになって居りました。ああそうそう、その時階下には誰も居りませんでしたが……」
「そうしてみると、現在の浄善とは、屍体の状態が異う事になる」と云って検事が法水を見ると、法水も慄毛《そうけ》立った顔になっていた。
「浄善が
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