よ」
「エッ、解剖を!」寂蓮尼はのけぞらんばかりに驚いたらしく、彼女の全身に、まるで眩暈を感じた時のそれのような動揺が起って行った。「何故生体に刀を入れる必要があるのです。庵主が大吉義神呪経の吸血伝説を信じているように、貴方がたも大変な誤ちを冒そうとして居ります。それこそ、適法の殺人者ですわ」
「それが、証拠の虚実を決定するものだとすれば……、一向構わんではありませんか」法水は冷然と云い放った。「たしか、ヴォルテールでしたね。ストリキニーネさえ混ぜれば、呪文でも人間を殺せる――と云ったのは」
 寂蓮尼は顔一杯に凄愴な隈を作って、憎々し気に法水を凝視《みつ》めていたが、やがて、襖を荒々しくたて切って、室を出てしまった。
「ねえ支倉君、たしかあの女は、推摩居士の巫術[#「巫術」は底本では「※[#「一/坐」、197−下−9]術」]の方に興味を持っているんだよ。どうやら、此の寺が二派に分れているとは思わんかね。そこに動機がある……」
 法水がそう云った時、智凡尼が入って来た。その、薄髭が生えて男のような骨格をした女は、座に着くと莨を要求してスパスパやりながら、
「莫迦らしいとはお思いになりませ
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