れが奇怪至極にも、尼寺の鉄則を公然と踏み躪っているばかりではなく、推摩居士は竜樹の再身と称して、諸菩薩の口憑《くちよせ》や不可思議な法術をも行い、次第に奇蹟行者の名を高めるに至った。しかも、それ等一切の行を御廉一重の奥で行って、決して本体を見せなかったのであったが、それが却って、神秘感を深める効果ともなって、渇仰の信徒が日に増し殖えて行った。その矢先折も折から、到底この世にあろうとは思われぬ不可思議な殺人事件が、寺内の夢殿に起った。そして、端なくもそれが起因となって、推摩居士の本体が曝露されるに至ったのである。
 寂光庵は、新薬師寺を髣髴とする天平建築だった。その物寂びた境域には、一面に菱が浮かんでいる真蒼な池の畔を過ぎて、※[#「木+需」、第4水準2−15−67]子《れんじ》の桟が明らかになって来ると、軒端の線が、大海を思わせるような大きな蜒りを作って押し冠さって来るのだ。その金堂が、五峯八柱櫓のように重なり合った七堂伽藍の中央になっていて、方丈の玄関には、神獣鏡の形をした大銅鑼が吊されていた。そして、その音が開幕の合図となって、愈《いよいよ》法水は、真夏の白昼鬼頭化影の手で織りなさ
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