を起すに相違御座いませんけれども……、まずそれに先き立って、貴方様の卓越した推理法に依り、奇蹟を否定しようとする凡ゆる妄説を排除して頂きたく、御願いする次第で御座います――。
恐らく読者諸君は、盤得沙婆のこの一書を指して、如何にも狂信者らしい、荒唐無稽を極めた妄覚と嗤うに相違ない。が、事実それには、微塵の虚飾もなかったのだ。その三十分後には、法水麟太郎と支倉《はぜくら》検事の二人が、北多摩軍配河原の寂光庵に到着していて、まさにそこで、疑う方なく菩薩の犯跡を留めている二つの屍体に直面したのだった。それが恰度、爐中さながらにうだり切った八月十三日午後三時の陽盛り――事件発見から数えて、その二時間に当っていた。
扨《さて》ここで、寂光庵に就き掻い摘んだ説明をして置こうと思う。この尼僧寺は、婦人の身で文学博士の肩書を持ち、自ら盤得沙婆と号する工藤みな子の建設に係わるものであって、あまねく高識な尼僧のみを集め、瑜伽大日経秘密一乗の法廓として、ひろく他宗に教論談義を挑みかけていた。所が最近になって、この異様な神秘教団に不可解な人物が現われた、と云うのは、推摩居士と称する奇蹟行者の出現だった。そ
前へ
次へ
全59ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング