ない。そうすると、涙腺が極度に収縮しているのが判るだろう。つまりその凡てが、異常な恐怖心理の産物であって、血管や腺の末管が、急激に緊縮してしまうからなんだ。然し、またそうかと云って、その間浄善が失神していたのでないと云う事は、痙攣の跡がない――と云う一事だけでも、瞭然たるものなんだよ」
然し、立ち上ると法水は、ブルッと胴慄いして、明らかにその顔色には、容易ならぬ例題に直面しているのを、語るものがあった。
「だが支倉君、そんな事よりも、あれだけの血が一体何処へ行ってしまったのだろう?」
「ウン、確かに体外血量の測定をする必要はあると思うね。吸うのもいいだろうが、吸血鬼でも人間じゃ、立ち所に恐ろしい生理が起ってしまうぜ」と検事が尤もらしく呟くのを、法水は嘲けり返すように見て、
「所が、此の事件には、ポルナで働いたチームケ教授は要らないのだよ。此処に散らばっている金泥全部を集めた所で、恐らく二百|瓦《グラム》とはあるまいからね」
と暫く莨《たばこ》を口から放したまま考えていたが、やがて法水は玉幡の一つを取り上げた。玉幡は四本とも同型のもので、幅二尺高さ七尺ばかり、上から三分の一までの部分
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