たら、暗い気分も払われるでしょうし、いつも野山を越えて、お側にいられるでしょう。それまで、可哀そうな末起をお叱りにならないで……。
 お姉さま、慕わしい、うつくしいお姉さま。末起は、お姉さまの永遠に、お腰元ですわ。
[#地から2字上げ]末起より

(方子よりその返し)
 末起ちゃん、御免なさいね。あたくしの、可愛くって可愛くって嚥みこんでしまいたいあなたに、あんなことをさせて……。でも、心をわかって戴いて、なによりと思うわ。聡明な、末起ちゃんには予期していたことですけれど、あなたには、あの悩みに洗滌《せんでき》が要りますの。そうでもしないと、末起ちゃんのからだが、保《も》たなくなります。
 ところで、あなたは引っ越しをするんですってね。それで、なぜ末起ちゃんの髪が要るのか、その理由が分りましたの。お祖母さまは、いますんで[#「すんで」に傍点]のところで、怖ろしい目に逢うのです。
 髪毛《かみのけ》が、湿度によって伸縮するのを、御存じ……。あれを、落し金の動きに応用して、秘密の装置を鍵孔の中につくった人があるの。そうでしょう。髪毛の先に重錘《おもり》をつないで置いて、それから湯を鍵孔に注ぎこむ。すると、湿度が高くなって髪毛が伸び、重錘がさがり落し金が下りるのです。ですから、合鍵はむろんあったでしょうし、ただ、落し金にその装置をつなぎ、湯を注ぎこむだけで楽々と扉があく。
 ねえ末起、誰でしょう?
 おなじ部屋で二度の殺人はと思い、新邸にその装置をつくり、またの機会を狙っているのです。
 だから、末起とお祖母さまははやく逃げないと……。すぐ、この手紙を読んだら車にのせて、お祖母さまと此処へ飛んでいらっしゃい。あたくしは、愛と信実にかけて、無事をいのります。末起ちゃんを、胸に暖めて、やんわり包んであげます。
 はやく、末起、はやく逃げてきて……。
 ………………………
 ついに方子の推測が真実となった。
 翌日、方子は斜面に寝ころんで、貂のような、空の浮き雲をうっとりと眺めている。その、烈しい空、樹海は、緑の晃燿をあげ、燃えるような谿だ。
(末起がくる、末起を抱いて、あたらしい生活がはじまる……)
 方子は、夢心地で沁み入るような幸福感に陽炎を追い、飛ぶ列車を想像していた。三人の生活――お祖母さまには、酷迫さがなくなる。末起の、心の傷もやがて癒えるだろう。そして二人の愛は、
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