の色が、たしかに、祖母への憎悪より度強《どぎつ》いことがわかる。末起も、それを見るとあれほど固かった、信念がぐらぐらに揺ぎだしてくるのだ。
 しかし祖母の眼は、孫娘をみると和らぎと愛に、一度は、渇いてかさかさになったのが濡れはじめすうっと頬を伝わる。もう末起は、疑惑の深さに耐えられなくなってしまった。お祖母さまの、頬に自分の頬を摺りつけて、冷たい、濡れたうえをすうっと走る、涙に自分が泣いているのがわかった。
「ようお祖母さま、いまお義父さまはなんて仰言ったの」
 末起は、あいだを置いてぐいと呼吸をのんだが、どっちにも、瞬きを止めるあの感動をあらわしたに過ぎなかった。末起はそれをみて、万策尽きたように感じた。このまま、永遠に鎖の音を聴き、解けぬままにどこまでも引き摺られるのだろう。
 が、そのとき、祖母の眼が正面にある、何かの上に、ぴたりと据えられているのに気がついた。瞬かぬ……なにか、末起に訴えようとしている。
「なあに、お祖母さま。これ……じゃ、これ?」
 するとお祖母さまは、暖爐の袖にかけてある鍵を取りあげたとき、きゅうに、瞬きをやめるあの感動をあらわした。その鍵は、母が殺されたとき、密室の証明となったもので、それ以来この部屋では忘れられてしまったものである。してみると、いま末起と二人で寝るこの部屋の扉を、お祖母さまは、鎖じよというのだろうか。ことに、さっきは義父とのあいだにああした情景があり、直後なだけに、末起は慄っとするようなものを感じた。
 末起は、ひろい空のしたで、まったくの孤独だった。いとしい、お姉さまの方子は療養所に奪われ、疑惑と、暗雲のなかでやっと息ついていた。
 ところが、それから一年後のことであった。末起の家は、新邸の進行中だったけれど、ふと、義父が下手人だということに疑いを感ずるようになった。それは、あさ起きて鏡に向ったとき、小鬢の毛が幅にして四、五分ほど切られているのに気が付いた。
(誰だろう……)
 と思うと、脊筋のへんが、慄っと冷たくなるような気がした。二つの……魂を凍らすようなものが末起にぞくぞくと這いかかっているのだ。
(あの時もそうだ。ちょうどお母さまが殺される一月ほどまえ、やはり、髪の毛を寝ている間に切られたことがあった。そのときは別に気にもしなかったけど、考えると、その一月後にはお母さまが殺されている。そして、今度は……)
 
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