きっと貴方は、稚市《ちごいち》を見れば、お駭《おどろ》きになるに違いありませんわ。あの子は、貴方が最初の人生をお終えになった、その後に生れたのですが、やはりあの子にも、貴方と同じ白蟻の噛み痕《あと》があるのです」
 その頃は、雷雲が幾分遠ざかったので、空気中の蒸気がしだいに薄らぎはじめた。そして、その中へ一面に滲《にじ》み出したのは、今にも顔を出しそうな陽の影だった。すると、沼の水面で大きな魚が跳ねたとみえ、ポチャリと音がすると、そのとき池畔の叢《くさむら》の中から、それは異様なものが現われて出て来た。そこは、鋸《のこぎり》の葉のような、鋭い青葉で覆われていたが、いきなりそこ一帯が、ざわざわ波立ってきたかと思うと、それまで白い蘚苔《こけ》の花か、鹿の斑点のように見えていたものが、すうっと動き出した。そして、その間から、人間とも動物ともつかぬ、まったく不思議な形をしたものが、声も立てず、ぬうっと首を突き出した。

 二、鉄漿《はぐろ》ぐるい

 それが、騎西《きさい》一家に凍らんばかりの恐怖を与え、絶望の底に引き入れた、稚市《ちごいち》だった。その時、もし全身を現わしたなら、それは悪虫さ
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