いはこのまま狂人の世界に惹き入れられてゆくのではないかと思われて、不安はいっそう募ってくるばかりでした。ところが、その瀬戸際で危うく引き止めてくれたのは、ある一つの観念が、ふと私の頭の中で閃《ひらめ》いたからです。つまり、それをさせぬためには、まずどっちにでも、均衡《つりあ》うだけの重錘《おもし》を置くことだ。その茫漠とした靄《もや》のような物質を、単なる曖昧だけのものとはせず、進んで具象化して、一つの機構に組上げなければならぬ――と教えてくれました」
 それはさながら、魂と身体とに、不思議な繋《つな》がりがあるのではないかと思われたほど――言葉がそこまでくると、滝人の全身に、異様な感情の表出が現われた。そして、虻《あぶ》や黄金虫や――それまで彼女にたかっていた種々《いろいろ》な虫どもが、いきなり顫《おのの》いたようないっせいに、羽音を立てて、飛び去ってしまった。
「ところで、まず先立ってお話ししなければならないのは……、そうして現在の十四郎と、あの時の鵜飼の顔をかわるがわる思い泛《うか》べていると、いつかその二つが、重なり合ってしまうような、心理作用が私に現われたことです。それを、二
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