《しばた》たいて、その高まりゆく情熱から逃れようとしたが、無駄だった。やがて、柔かい苔の上に身体を横たえたが、過ぎ去った日の美しい回想やら、現実の苦悶やらが雑多と入り乱れて、滝人はさまざまな形に身悶えを始めた。
「あの閨《ねや》の背《たけ》比べ――恥ずかしがりやの私には、これまで貴方のお身体を、しみじみ記憶に残す機会がございませんでした。お互いに、いらぬ潔癖さがつき纏《まと》っていて、私達はまったく不鍛練でございましたわね。(以下四七一字削除)しかし、その中でただ一つ、はっきりと頭の中に残っておりますのは、あの背比べなのでございます。つまり、薦骨《こしぼね》の突起と突起を合わせてみると、双方の肩先や踝《くるぶし》にどのくらいの隔たりが出来るか……。(以下一八六字削除)それが、以前の貴方の場合とぴったり合ってしまうので、なおさら昏迷《こんめい》の度が深められてまいるわけなのです。なにしろ、片方は死に、一方は過去の記憶を失っているという始末ですから、どうせどっちつかずの循環論になってしまって、結局はその二人の幻像が、ああでもないこうでもないと、物狂わしげな叫び声を上げながら、私の頭の中を駈
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