年十一月十四日騎西熊次郎|依願祭之《ねがいによってこれをまつる》』という以上の一文によっても明らかであるが、さらにその祝詞《のりと》は、馬の死霊に神格までもつけて、五瀬霊神と呼ぶ、異様な顕神に化してしまったのである。
 しかし、その布教の本体はと云えば、いつもながら、淫祠《いんし》邪教にはつきものの催眠宗教であって、わけても、当局の指弾をうけた点というのが、一つあった。それは、信者の催眠中、癩《らい》に似た感覚を暗示する事で、それがために、白羽の矢を立てられた信者は、身も世もあらぬ恐怖に駆られるが、そこが、教主くらの悪狡《わるがしこ》いつけ目だった。彼女は得たりとばかりに、不可解しごくな因果《いんが》論を説き出して、なおそれに附け加え、霊神より離れぬ限りは永劫《えいごう》発病の懼《おそ》れなし――と宣言するのである。けれども、もともと根も葉もない病いのこととて、どう間違っても発病の憂《うれ》いはないのであるから、当然そういった統計が信者の狂信を煽り立てて、馬霊教の声望はいやが上にも高められていった。ところが、その矢先、当局の弾圧が下ったのである。そして、ついに二年前の昭和×年六月九日に
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