を刺激するとどのように類似した言葉でも、その印象の蔭に、押し隠されてしまうと云うではないか。その忘却の心理には、きわめて精密な機構があって、同じ発音の言葉でも、抑揚《アクセント》が違う場合には、一時ことごとく記憶の圏外に擲《な》げ出されてしまう。そうではないか。したがって(八[#「八」ゴシック体](はち)――九[#「九」ゴシック体](く)――六[#「六」ゴシック体](ろく)と)記憶をしいた一連のうちで、冒頭のは[#「は」ゴシック体に傍点]とく[#「く」ゴシック体に傍点]とろ[#「ろ」ゴシック体に傍点]が、あるいは盲点を、鉄漿《はぐろ》という観念の上に設けていたかもしれないのである。そうすると滝人には、鉄漿に関する知識が泉のように溢れてきて、あの皺に見えたというのも、その実、鉄漿かぶれ(鉄漿を最初つけたときに、あるいは全身に桃色斑点を発することがあるけれども、それは半昼夜経つと消えてしまう)の斑紋だったかもしれないし、また歯が脱けていて、そこが洞《ほら》のように見えたというのも、あるいは歯抜けの扮装術(「苅萱桑門筑紫蝶」その他の扮装にあり)そのままに、鉄漿《はぐろ》の黝《くろ》みが、洞の
前へ 次へ
全120ページ中118ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング