は、後の一つを見まいとして、眼を瞑《つむ》った。しかし、その真黒な瞳の中で、やはり同じような叫びを、時江が彼女に答えてくれるのを、しみじみ聴いていた。滝人は、慄《ぞ》っと擽《くすぐ》られるような幸福感に襲われたが、またあの病苦がしんしんと戻ってきて、一つ残された義務を果さねばならないのに気がついた。十四郎の寝間には、もう死の室《へや》のような沈鬱さを、滝人は感じなかった。しかし、長針をぐるぐる廻して、それから、
「八――九――それから最後には、長針を六時に……」と滝人が、針をぴたりと垂直に据え、盤面から指を引いたときだった。そのとき不思議な事には、あれほど逐《お》いきれなかった蠅の唸《うな》りがピタリと止んでしまい、その蔭から、滂沱《ぼうだ》と現われ来《きた》った不安が、彼女を覆い包んでしまった。最初そこから低い囁きが聴え、しだいに高まってくると、やがて圧したように、滝人を動けなくしてしまったのである。しかし、彼女の病的な神経は、いちいちその相手になって、たまらない応えを喋《しゃべ》りはじめた。
 鉄漿《はぐろ》――あるいはそうではないかしら。たとえ黙語にしても、その一番強い発音が声帯
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