に閃《きらめ》いているが、背後の鴨居には、祝詞《のりと》を書きつらねた覚え紙が、隙間なく貼り付けられていて、なかには莫大な、信徒の寄進高を記したものなどもあった。滝人は、そこに手燭を発見したので、ようやく仄《ほの》暗い、黄ばんだ光が室内に漂いはじめた。しかし、滝人には、一つの懸念があって、明るくなるとすぐに、内陣の神鏡を一つ持ってきた。そして、机を二つばかり重ねて、その上に神鏡を据え、しきりと何かの高さを、計測しているようであったが、やがて不安げに頷《うなず》くと、背後の祝詞文に明かりを向けた。そして、自分は神鏡の中を覗き込んだのだが、その瞬間、彼女の膝がガクリと落ちて、全身がワナワナ戦《おのの》きだした。
その神鏡の位置というのは、常に行《ぎょう》を行う際に、くらが占めている座席であり、かつまたその高さが彼女の眼の位置だとすれば、当然それと対座している十四郎との関係に、なにか滝人を、使嗾《しそう》するものがあったに相違ない。事実、滝人はそれによって、今度こそは全然|償《つぐの》う余地のない、絶望のまっただ中に叩き込まれてしまった。それが、滝人の疑惑に対して、じつに、最終の解答を応えたのである。それから滝人は、刻々血が失われていくような、真蒼な顔をしながら、その結論を、心の中の十四郎に云い聴かせはじめた。
「私は、自分の浅墓《あさはか》な悦《よろこ》びを考えると、じつに無限と云っていいくらい、胸の中が憐憫《あわれみ》で一杯になってしまうのです。お怨みしますわ――この酷《ひど》い誓言を私に要求したのが、ほかならぬ貴方《あなた》なのですから。あの獣臭い骸《むくろ》だけを私に残しておいて、いずこかへ飛び去っておしまいになり、そのうえご自分の抜骸《ぬけがら》に、こんな意地悪い仕草《しぐさ》をさせるなんて、あまりと云えば皮肉ではございませんか。今までも、ときおり貴方の小さな跫音《あしおと》を聴いて、私は何度か不安になりましたけれども、いよいよ今日という今日は、貴方の影法師をしっかと見てとりました。救護所で発した高代という言葉は、まさしく不意の明るみが因《もと》で、鵜飼の腸綿《ひゃくひろ》から放たれたものに相違ございません。そして、いま時江さんが耳にしたものは、貴方が催眠中、お母様の瞳に映った文字を読んだからなのです。ねえこれと同じ例が、仏蘭西《フランス》の心理学者ジャストロ
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