いるかのように、
「時江さん、私は穿鑿《せんさく》が過ぎるかもしれません。けれども私には、やむにやまれぬものがあって、それを仕遂げるまでは、けっしてこの手を離さないつもりなのです。と云って、それが当《あて》推量ではもちろんないのですよ。貴女は、自分自身では気がつかないのでしょうけども、心の動きを、幾何《きか》で引く線や図などで、現わすような性癖があるのです。それを、難しく云えば数形式型《ナンバー・フォームス》といって、反面にはなにかにつけて、それを他のものに、結びつける傾向が強くなってゆきます。先刻《さっき》も、最初に仔鹿《かよ》の形を見て、それを稚市《ちごいち》に連想しましたわね。ところが、その仔鹿《かよ》の形が、また別の連想を貴女に強いてきて、何かそれ以外にも、あるぞあるぞ――と、まるで気味悪い内語みたいなものを囁《ささや》いてきました。つまり仔鹿《かよ》という一つの音《おん》が、なにか貴女にとって、重大な一つものの中に含まれているからです。しかし、すぐにはおいそれと、はっきりしたものが、泛《うか》んではこないので、だんだんに焦《じ》れだしてくると、いつのまにか意識の表面を、雲の峰みたいなものが、ムクムク浮動してくるのでした。そして、それが尻尾だけであったり、捉えてみると別のものだったりして、なにしろ一つの概念だけはあるのですが、どうにもそのはっきりしたものを掴《つか》み上げることができず、ただいたずらに宙を摸索《まさぐ》って、それから烏とか、山猫とか屍虫《しでむし》とかいうような、生物《いきもの》の名を並べはじめたのです。すると、その時お母さまが、仔鹿《かよ》の生眼《いきめ》のことを口にすると、十四郎がそれに、たぶん熊鷹に抉《えぐ》り抜かれたんだろう――と云いましたわね。それが重大な暗示だったのです。そのひと叩きに弾かれて、意識の底からポンと反動で、飛び出してきたものがあったはずです。つまり、それがたか[#「たか」に傍点]にかよ[#「かよ」に傍点]――高代ではありませんか。ねえ時江さん、確かにそうだったでしょう。いいえ、当推量なもんですか。それでは、綺麗な斑のある片身を、なぜ、十四郎には金輪際《こんりんざい》とれぬ――と貴女は云ったのです?」
 もうその時には、時江は顔を上げることもできなくなり、滝人の不思議な精神力に、すっかり圧倒されてしまった。滝人は、そう
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