いろいろな訓練を施していったのです。けれども、最初は低能児の試練《テスト》から発したものが、驚いたことには、しだいに度を低めてゆくのです。そして、ついに成功した実験といえば、なさけないことに、たったこの二つだけの動物意識で――つまり多T《ティ・メニー》とか長短《ロング・コンド・ショット》とかいうような種々《いろいろ》な迷路を作って、高麗《こま》鼠にその中を通過させる――ものと、もう一つは蛞蝓《なめくじ》以外にはない背光性――。いまも御覧のとおり、陽差しが背後に落ちますと、この子は、まるで狂気のようになってグングン暗い下生えの蔭に、這い込んでゆこうとしていたではございませんか。わずかその二つだけが、この子の中で働いている神経なのでございます。どうか、残忍な母だと云って、お叱りにはならないで。第一貴方がご自分から踏み外したために、こうした不幸な芽が植えつけられてしまったのですから。そうなったら、どんなに黒い不吉な花でも、そこから、咲きたいだけ咲けばよいのですわ。私はただ、幻覚的な考えを――誰にでも淋しがりやにはきっとある、それをしているにすぎないのです。大人にだって子供にだって、誰にだっても、わけてもこの谿間《たにあい》では、一刻も玩具《おもちゃ》なしには生きて行かれませんわ」
そう云って滝人は、暗い樹蔭に這いずって行く稚市《ちごいち》の姿を、じっと見守っていた。玩具――愛玩動物。いまではからくも稚市に、蛞蝓《なめくじ》のように光に背を向けて這い、迷路を通過して行く――意識だけが作られたにすぎないのである。しかし、そこに脈打っている滝人の苦悩も、とうてい聴き逃すことは出来ないであろう。彼女は、生きて行くに必要な条件だけは、たとえどうあっても、どのように、陰鬱な厳しさをあえてしてまで、整えねばならなかったのである。しかし、稚市の姿が、視野から外れてしまうと、滝人はかたわらの、大きな茸《きのこ》に視線をとめ、それから、家族の一人一人についての事が、数珠《じゅず》繰りに繰り出されていった。
「それから貴方に、お祖母《ばあ》さまの事を申し上げましょう。あの方には、まだ昔の夢が失われてはおりません。いつかまた、馬霊教が世に出ると――確《かた》く信じていて、あの奇異《ふしぎ》な力が日に増し加わってゆくのでございますわ。ですけど、その一方には、肉体の衰えをだけは、もうどうすることも
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