、上層で絡《から》みあい撚《よ》りあっているので、自然柵とも格檣《かくしょう》ともつかぬ、櫓《やぐら》のようなものが出来てしまい、それがこの広大な地域を、砦のように固めているのだった。その小暗い下蔭には、ひ弱い草木どもが、数知れずいぎたなく打ち倒されている。おまけに、澱《よど》みきった新鮮でない熱気に蒸したてられるので、花粉は腐り、葉や幹は朽ち液化していって、当然そこから発酵してくるものには、小動物や昆虫などの、糞汁の臭いも入り混って、一種堪えがたい毒気となって襲ってくるのだった。それは、ちょっと臭素に似た匂いであって、それには人間でさえも、咽喉《いんこう》を害し睡眠を妨げられるばかりでなく、しだいに視力さえも薄れてくるのだから、自然そうした瘴気《しょうき》に抵抗力の強い大型な黄金《こがね》虫ややすで[#「やすで」に傍点]やむかで[#「むかで」に傍点]、あるいは、好んで不健康な湿地ばかりを好む猛悪な爬虫以外のものは、いっさいおしなべてその区域では生存を拒まれているのだった。
まことに、そこ一帯の高原は、原野というものの精気と荒廃の気とが、一つの鬼形《きぎょう》を凝《こ》りなしていて、世にもまさしく奇異《ふしぎ》な一つに相違なかった。しかし、その情景をかくも執拗《しつよう》に記し続ける作者の意図というのは、けっして、いつもながらの饒舌《じょうぜつ》癖からばかり発しているのではない。作者はこの一篇の主題にたいして、本文に入らぬまえ、一つの転換変容《メタモルフォーズ》をかかげておきたいのである。と云うのは、もし人間と物質との同一化がおこなわれるものとして、人間がまず草木に、その欲望と情熱とを托したとしよう。そうすれば、当然草木の呻吟《しんぎん》と揺動とは、その人のものとなって、ついに、人は草木である――という結論に達してしまうのではないだろうか。さらに、その原野の標章と云えば、すぐさま、糧《かて》にしている刑屍体の腐肉が想いだされるけれども、そのために草木の髄のなかでは、なにか細胞を異にしている、異様な個体が成長しているのではないかとも考えられてくる。そして、一度憶えた甘味の舌触りが、おそらくあの烈しい生気と化していて、その靡《なび》くところは、たといどのような生物でも圧し竦《すく》められねばならないとすると、現在緩斜の底に棲《す》む騎西《きさい》一家の悲運と敗惨とは、
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