驚くべき奇異な点だったのである。
 実際、その観念は恐ろしいものだった。悪病の瘢痕《はんこん》をとどめた奇形児を生む――およそ地上に、かくも苦しいものが、またとあるであろうか。けれども滝人は、そのために、まったく無自覚になっているのではなかった。どんなに、威厳のある、大胆な考えでさえも、とうてい及ばないほど、彼女の実際の知識が、この変形児を、まったく異ったものに眺めていた。こうして見ていても、彼女の胸は少しも轟《とどろ》いてはいず、眼前にある自分の分身でさえも、まるで害のない家畜のように、自分にはその影響を少しもうけつけないといった――真実冷酷と云えるほどの、厳《おごそ》かさがあった。やがて、彼女は瘤《こぶ》に向って、肩を張り、勝ち誇ったような微笑《ほほえみ》を投げて云った。
「あれが癩ですって、莫迦《ばか》らしい。あの人達は、途方もない馬鹿な考えからして、一生涯の溜息《ためいき》を吐き尽してしまいました。まったくなんの造作もなしに、自分のものを何もかも捨ててしまったのです。けれども、それも稚市《ちごいち》が、迷わしたというのでもないのです。ただ知らない――それだけの事ですわ。でも、今になって、私が糞真面目な顔で、その真相をこれこれと告げる気にもなれません。あれが、癩ですって、いいえ、あの、眼を覆いたくなるような形は、実は私が作ったのです。[#「あの、眼を覆いたくなるような形は、実は私が作ったのです。」に傍点]あの時は、稚市どころか、どんな驚くようなものでも――私には、創り上げるだけの精神力が具わっておりました。断じて、癩ではございませんわ。その証拠には、これを御覧あそばしたら……」
 そう云って滝人は、稚市を抱き上げてきて、膝の上で逆さに吊し上げ、その足首に唇を当てがって、さも愛撫するように舐《な》めはじめた。唾液がぬるぬると足首から滴り下《お》ち、それが、ふっ切れた膿《うみ》のように思えた。が、滝人には、そうしている動作にも、異様な冷たさや落ち着きがあって、やがて舐め飽《あ》きると、今度は試験管でも透かし見るように、稚市の身体を、これよとばかりに高く吊し上げた。
「このとおりでございますもの。稚市《ちごいち》のこれが、先夫遺伝《テレゴニー》でさえなければ……。まさに先夫遺伝《テレゴニー》なのでございますの。でも、私には貴方以外に、恋人もなければ、夫もないはずです
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