もその辺りを絶好の月夜にながめたとしたら……。雪嶺銀渓、藍の影絵をつらねているワカン隘路《パス》のかなた、銀蛇とうねくる温霧谷氷河の一部が、ときどき翳《かげ》るのはおそろしい雪崩《なだれ》か。いや、その中腹にくっきりと黒く、一本の肋骨のようなものが見えるだろう。それが地獄の劫火《ごうか》ほの見える底なし谷といわれている、黒い骨の「大地軸孔《カラ・ジルナガン》」。
そこは、たぶんめずらしい“Niche rift《ニーチ・リフト》”ではないのか。つまり、壺形をした渓という意味で、上部は、子安貝に似た裂罅《クレヴァス》状の開口。しかし、内部は広くじつに深く、さながら地軸までもという暗黒の谷がこの「大地軸孔」の想像図になっている。ではここが、なぜ世界の視聴をいっせいに集めているのか。というのは、怪光があるからである。
ときどき、地底の住民の不可解な合図のように、火箭《かせん》のような光がスイスイと立ちのぼってくる。時には、極光《オーロラ》のように開口いっぱいに噴出し、はじめは淡紅《ピンク》、やがて青紫色に終るこの世ならぬ諧調が、キラキラ氷河をわたる大絶景を呈するのだ。しかし、このパミールに
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