氷河をどうして登るかという点で、僕はハタと詰ったんだ。普通の氷河なら、ザッと十マイルばかりを六十年もかかる。ところが、温霧谷の先生ときたら、化物以上だからね。猛速、強震動を発し、登行者を苦しめる。突然、数丈もある氷塔が頭上に落ちてくるだろう。また、なにもない足下に千仭《せんじん》の氷罅《クレヴァス》が空くだろう。なんていうのがザラだろうという訳も、すべてあの氷河の猛速の禍いだ。それに、氷擦のはげしさで、濃稠《のうちょう》な蒸気が湧く。それが原因となる氷河疲労《グレーシャル・ファチーグ》に、マア僕らは二時間とは堪えられまい」
「驚いた。あなたにも似ない、大変な弱音ですね」
 と片隅のほうで嗤《わら》うような声がすると、
「そうとも、化物氷河と闘えるもんじゃない」
 と、折竹が即座にやり返す。そしてその、温霧谷《キャム》の速流氷河を十五マイルばかり登ったあたりに、大地軸孔がおそろしい口をひらいている。
 作者はいま、便宜上「大地軸孔」などといっているが、その“Kara Jilnagang《カラ・ジルナガン》”というのは中央アジア一帯の通称で、「黒い骨」というのが正確な意味になる。で今、もし
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