「君、ちょっと折り入っての話がある」
隊が立往生をしてから、一か月後のある夜。こっそり折竹の天幕《テント》へ、セルカークが入ってきた。彼は、周囲をたしかめてから、密談のような声で、
「取らぬ狸の、皮算用かもしれんがね。いずれは大盲谷の油層が、われわれの手に入るだろう。しかし、そうなったとき分け前が出るようじゃ、儂《わし》は馬鹿馬鹿しいと思うんだよ」
「へえ、というのはどういう意味だね」
「それは、オフシェンコのことだ」
とセルカークはいっそう声を低め、
「奴は、最後まで頑張るといっている。けさ、君とヒルト博士が大喧嘩をした後で、こっそり奴の意見を聴いてみたんだよ。するとだ、奴は馬鹿に昂然としてね。――任務だ、最後まで君らと共に――なんてえ、えらい鼻息なんだ」
その日の朝、温霧谷の速流氷河の攻撃時期について、彼と独逸航空会社のヒルトとが大激論をした。ヒルトは、速流氷河をわたる方法なしと言う。これは練達山岳家としての当然の論。それに反して、季節風《モンスーン》の猛雨が始まったら登行をするという、この折竹の説は暴論といおうか、まことに、常識外れの馬鹿馬鹿しいものだった。そして、ついに
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