もセルカークの計いで、この探検に隊長として加わったのである。
 沙漠、峻嶮、寒熱二帯の両極をもつアフガニスタン。慓悍無双といわれるヘタン人の人夫をそろえ、いよいよヒンズークシの嶮を越え「パミールの管」といわれる、英ソの緩衝地帯を「大地軸孔」へ進んだのである。いまは、高山生活一か月にまっ黒に雪焼けをし、蓬々《ほうほう》と伸びた髯《ひげ》を嶽風がはらっている。
 そしてちょうど、カプールを発った五十日目あたりに、温霧谷《キャム》の速流氷河の落ち口にでたのだ。
「凄い。ここでは、氷だけが生物《いきもの》だ」
 ※[#「釐」の「里」を「牛」にしたもの、第3水準1−87−72]牛《ヤク》のミルクを飲み飲み、断崖のくぼみから、幹部連が泡だつ氷河をながめている。氷に、泡だつという形容はちと変であるが、この氷河の生きもの的性質を、説明するのはそれ以外にはない。
 噛みあう氷罅《クレヴァス》、激突する氷塔の砕片。それが、風に煽《あお》られて機関銃弾のようになり、みるみる人夫の顔が流血に染んでゆくのだ。まさに流れる氷帯ではなく、氷の激流。ここだけは、永遠に越えられまいと思われた。

   大地軸孔の悲歌

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