これだけであろう」
「ふむ、いかさますみ申したようであるが」
 裸足《はだし》の、二人の式部官が次第書とつき合せてみると、もうお客はこれで終っている。きょうの御儀に日本綿布の外衣《バーナス》をそろえた、儀仗兵も休ませなくてはならない。さあ、腹も減ったし、羊も焼けている。胡椒飯《ピラフ》を腹さんざん詰めこもうではないか――となった時。
 とつぜん、昇降階のしたでザザザザという太鼓の音。お客だ、と一同は慌てふためいて列をそろえた。とそこへ、たくみにガウンを捌いてくる※[#「くさかんむり/(月+曷)」、第3水準1−91−26]《ろう》たけた一人の婦人。みれば、頭上には王冠を戴いている。
「失礼でございますが」
 と、式部官の一人が恭々《うやうや》しく訊ねたのである。
「次第書にございませんので、お言葉を願います。いずれの国の、どなた様でいられましょう」
「キンメリアの女王」
「へっ」
「このオーマンは、なんという無礼な国である」
 とその婦人が凛然《りんぜん》と言い出した。
「わたくしは、前もって儀式書を頂いている。それには、使節の随員は宮廷よりの馬車に分乗し、使節の馬車に前行すべし――とあ
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