彼に日本人らしい犠牲の念を呼び起してきた。
(大塩沙漠へゆくことは、けっして無意義ではない。もしも覗き穴があって「大盲谷」に達していれば、俺は「英波石油」の油層の下へゆけるのだ。またもし、大盲谷の広さが真実とするならば、ソ連コーカサスへもメソポタミア油田下へも、なんとか手段を尽せばゆけないものでもない。
そうだ。故国一朝有事の際の、破天荒な電撃――。一隻の潜水艦、十人の挺身隊。もし覗き穴さえわかれば、それで事足りるではないか。油層下からの処置で、油田は渇れるだろう。また、十人の犠牲で全油田爆破ともゆける。その下地を、俺はいま作りあげようとするのだ。で俺が、もしも大塩沙漠から生還した場合、俺は国家への協力をほこれる。また、万が一の際は知られない犠牲として、俺は個人としての最高の死を遂げることになる。犠牲――。それも、知られないほど、美しい)
夜が明けかかり、砂丘の万波にようやく影が刻まれてゆく。空には、獅子《しし》座が頭をさげて西の空へ下りかけ、やがて東からのぼる東亜の太陽の前駆、白鳥、ケフェウス、カシオペアが薄明のなかをのぼってくる。それを……折竹はさし招くような意気だった。
と
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