、良い油井《ウエル》に出逢ったのが、三十のときだった。ところがね、遮水管《ウエーク・ストリング》の抜き出し処置がわるく、火花をおこして焼けてしまったのですよ。ねえ、若いころは、誰にも夢がある。それが、五十になった今、蘇《よみがえ》ってくるなんて」
と、だんだんセルカークは恐ろしげな顔になってゆく。しめた、と、折竹がほくそ笑むところへ、
「じゃ、なんでしょう。『大地軸孔』の怪焔も、おなじ意味合いのもんで」
「そうです。あれも、『大盲谷』中の一つの覗き穴です。しかし、大盲谷をうずめる全部の油量は? セルカークさん、測れますかね」
と、唆《そそ》るようにセルカークの顔をみる、折竹も相当の役者ではないか。俺を放て……そして、大塩沙漠《ダシュト・イ・カヴィル》へやり、覗き穴を探させろ……そうすりゃ、セルカークは億万長者になれる。いや、億どころか、百兆、千兆。いずれは、英蘭銀行《バンク》がお前の紙幣《さつ》で埋まるだろう……ここだ、一生の運を掴《つか》むか掴まないか※[#疑問符感嘆符、1−8−77]
するとその時、おなじ思いはセルカークにも、こいつを、釈放したら、どんな事になる※[#疑問符感嘆符、1−8−77] うまくいい当てて覗き穴を発見し、俺を地下採油の超富豪にしてくれるか。まったく、あの沙漠だけは「英波石油《アングロ・ペルシャン》」も捨てている。そうだ、失敗《しくじ》りゃ、焼かれて死ぬ。馬鹿をみるのは、此奴だけの話だ。
やがて、二人のあいだに盟約が成りたった。しかし、まだ折竹に完全な自由はない。
「あんたは、当分儂のそばを、離れんでもらいたい。明後日、わしはムスカットへゆく。例の、オーマン王子ご新婚でしてな。むろん、あんたへもご参列を願うが……。マア、誰しも珍客と思うじゃろう」
それから、折竹は部屋を宛てがわれたが、その夜は眠れぬ一夜であった。月のない砂上は、ぼうっとした星明り。だが、彼はやっと助かったと、じつに躍るような気持。そのうち、彼が出方出まかせに述べたてた嘘が、どうやら真実らしく思われてきた。もともとこれは、彼の想像として腹にあったこと。ただ、大塩沙漠《ダシュト・イ・カヴィル》のあの熱気だけは、急場の凌《しの》ぎに絞りだしたのではあるが……。
その、たんなる想像が本物になる。少くともなりそうだ、と考えた。すると、一度は死ぬんだったという捨身な気持が、
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